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→プカー。プカプカー。ほっといてよお、もお。ふん。わかってるって、そんなこといわれなくったって、あたしのことはあたしが自分でなんとかするんだから、あたしはくりたくんなんかとは違うんだから。やだもお。勝手に決めつけないでよお、あたしべつに暗くなんてなってないもん、ひねくれてなんかないもん。やめてよっ、どうしてそんなふうにいうのよお、そういう、思いやりっぽい言葉がいちばんアタマにくるのよお、どうしてそういうことがわかんないのよお、プカー。
→ふん。そんなこといったってさ、どうせくりたくんは学校にかよってるうちにあたしのことなんか忘れちぁうのよ。まいにち学生生活をたのしんでさ、まいにち楽しいおもいをしてさ、そのうちあたしのことなんか忘れちぁうにきまってんのよ。くりたくんの学校には女の子がいっぱいいるしさ、あたしなんかにかまってるヒマなんかないもんね。プカプカー。いいの、べつに。あたしにはわかってるの。せめてるんじぁないのよあたしは。ほんとにいいの。だってそれはしぉうがないことだもん。あたしは女だから沖山くんみたいに二浪なんてしたくないし、だからたぶん就職することになるとおもう。おとうさんはアメリカに行かしたがってるけど、あたし、働いてみたいし。そうしたら、くりたくんとは世界がちがっちぁうから。話とかもあわなくなっちぁうし、時間とかもあわなくなっちぁうし。でもそれは、しぉうがないことだもんね。いいんだよ、そんな見え透いたウソいってなぐさめてくれなくったって。ううん、安心して。もうあたし、くりたくんのまえにはあらわれないから。だって、かっこ悪いもんね、あたしなんか。だってさ、あたしなんか、かわいくないしさ、頭悪いしさ、あたしなんか、あた‥‥(しばらく泣く)。‥うん。‥‥ごめんね。うん。‥‥うん。わかってる。‥‥‥うん。もうだいじぉうぶ。へいきだよ。ごめんね、困らせちぁって。わかってるから。ううん、いいんだってば、なぐさめてくれなくったって。あたしきめたんだ、もう、くりたくんとは会わないことにしようって。ううん、そうじぁないの、あたしにはわかってるんだってば。だって、うまくいくはずないもん、だって、だって‥‥。ほんとに? 信じていいの? あたしなんかでいいの? ‥‥うん。‥‥うん。‥‥ありがとう。うん。‥‥うん。‥‥う‥‥(また泣く)。
→ううんそうじぁないの、今日くりたくんのとこにきたのは、沖山くんのことなの。もしかしたらなんか知ってんじぁないかとおもってさ。ねえ、なんか聞いてない? ‥‥そう。やっぱし知んないのかあ。えー、ダメだよ、ぜったい誰にもいわないでって頼まれてんだから。えー、どうしようかなあ。誰にもいっちぁダメだよ。約束できる? 内緒なんだからね。約束ね。じぁ話すけど。じつはさあ。
→昨日の夕方、いきなり電話があったのよ、沖山くんから。ほらもう沖山くんとは、すっごいひさしぶりだったから懐かしくて。で、どうしたのかなあっておもったんだけど、ていうのはさ、沖山くん、なんか様子がヘンなのね。もうセッパつまっちぁってる感じでさ、あたしが「どうしたの」って聞いてもこたえなくて「ちかくにいるからクルマでむかえにきてくれ」って、その一点ばりなのよ。理由をたずねても「とにかく早く来てくれ」って繰り返すばかりでさ。あたしもヒマだったし、場所をきいたらほんとにあたしん家から近いし、それでとりあえず沖山くんのとこに行ってみたわけ。そしたらね、沖山くん、たしかにいるにはいたんだけどもお。
→下半身がスッポンポンなのよお。そう、町なかなのに、そうなの、なんにもはいてないのよお。ううんちがうの、上にはふつうにシャツを着てんの。でもね、下にはなあんもはいてないの、パンツもはいてないのよ。おまけに髪の毛は金色だしさあ。いつの間にあんなアタマにしちぁったの? あたし、びいっくりしちぁって「どーしたのよっ」ってきいたんだけど、沖山くん、コカンを両手で隠しながらうつむいたまんまでさ。「なんにもきかずにアパートまで送ってくれ」って頼むのよ。なんかナミダぐんでたみたいだったなあ。もちろん放っとけるわけないし、だからアパートまで送ってってあげたのね。途中ではくものとかを買ってあげてさ。だって、くどいようだけど、な〜んにもはいてないんだよ、下は。あたしも目のやり場に困っちぁって運転しづらくって。あれでもし事故っちぁったりしたら、タイヘンだもん。
→下をはかせてなんとか人並みのかっこうになったところで、あたしもいろいろきいてみたのね。ズボンとパンツはどうしたんだとか、あんなとこになにしに来たんだとかいろいろ。だけど沖山くん、ボーとしちぁってて、あたしの声なんかまるで耳にはいってないみたいでさ。ああいうのをボーゼンジシツっていうんだろうな、まるでとけたアイスクリームみたいに、フニャ〜としたまま遠くをみつめてるのね。クビにちからがはいってないから、クルマが揺れるとそれにあわせてアタマがばたんばたん倒れるのよ、前後左右に。あたしもこりぁダメだとおもって、とりあえず沖山くんのことはそっとしといてあげて、そのままなんにもきかずに四谷のアパートまで送ってってあげたのね。やっとアパートについて、沖山くんの部屋でお茶とかいれてあげて、そしたらだんだん沖山くんも落ち着いてきたみたいで。さあいったいどういうことなのか説明してもらおうとしたらさ。
→ねえ聞いてよそしたらそこにいきなり、ヘンなおばさんがとびこんできたのよお。フトッチョのおばさんが、すっごいいきおいで部屋んなかにどなりこんできて、沖山くんにむかってなにかわめきちらしてんの。あんまり突然だったもんだからあたしもあっけにとられちぁって、なんにもいえなくなっちぁって、口をぽかーんとあけたまま「なにこのひとー」とかおばさんのこと眺めてたんだけど、そしたらね、そのおばさんって、沖山くんのおかあさんなんだって。まるっきし似てないんだね、沖山くんとおかあさんって。そのおかあさんがさ、すごい迫力でどなりちらしてるわけ。ツバを5メートルもとばしてわめきちらしてるの。ううん、方言がすごいから、なにをいってるのかはぜんぜんわかんないんだけど、なじってることだけはたしかなの。沖山くんといえばこれがただただ土下座してるだけでさ。その沖山くんの金色のうしろアタマをぺしぺしひっぱたきながら、おかあさんが怒ってるわけ。あたしにはぜんぜんなんのことかわかんないから、しぉうがないからぼけーとふたりのことを眺めてたんだけど、そのうちおかあさんがあたしに気づいてさ。そしたらこんどはあたしにむかって、いろいろ根ほり葉ほりききだしたのよ。あんたはどこの誰なんだとか、沖山くんとはいったいどういう関係なんだとか。予備校時代の友人です、今日はたのまれてここまで沖山くんを送ってきたんですってあたしはハッキリこたえたのに、おかあさん、なんかあたしのことを疑ってるみたいでさ。いやな目つきでいろいろ聞いてくるの、ねちねちしつこく。それがまた、や〜な感じでさあ。だってあたしは、まるっきり善意で沖山くんを送ってきたのに、途中で沖山くんにはくものとか飲みものとかも買ってあげたのに、おばさんはあたしのことをなんか疑ってるみたいでさ。雰囲気わるいったらありぁしないの。ああいうのって、失礼だよ、ばかにしてるよ、ひとのこと。
→しかもあたしの疑いがはれるとこんどは、まるっきりあたしのことを邪魔者あつかいなのよ。今日はちぉと取り込み中なのでこれで帰ってくれとかいっちぁって。送るだけ送らしといて、あとは用ずみってことでしぉ? ばっかにしてるよねー。それじぁあたしはいったいなんだったのよ。なめんじぁないってんだよ。だからあたしもいったのよ、どういうことなのかちぁんと説明してくださいって。そしたらおばさん、悪いんだけど恥になることなので説明できない、できたら今日のことはなにも見なかったことにして、このまま帰ってくれとかいって、それからお財布から一万円札をとりだしてあたしにわたそうとするのよ。それじぁまるで口止め料じぁない。おかねもらわなかったらあたしがぺらぺらしぁべっちぁうみたいじぁない。それであたしももう、かんぺきにあたまきちぁって、こんなものいりません、しぁべるなってんなら誰にもしぁべりません、帰れってんならこれで帰りますって、さっさと帰ってきちぁったんだけど。
→そのときはそんなふうに勢いで帰っちぁったんだけど、でもあとになってからだんだん心配になってきちぁってさ。もしかしたら沖山くん、なにか犯罪をおかしちぁったのかなって。ていうのはね、あのとき沖山くんのおかあさんはわめきながら、たしかに「警察」っていってたのよ。うん、たしかにいってたの。そういえば沖山くんの様子は、なんだかとりかえしのつかないことをしちぁったみたいだったし、沖山くんのおかあさんの怒りかたもちぉとふつうじぁなかったし、そんなふうにあとになっていろいろかんがえてみたら、心配になってきちぁってさ。
→ねえ、沖山くんて二浪がきまってから、自暴自棄になったりしてなかった? それじぁなくてもあのひとってちぉとセツナ的なとこあったしさ。もしかしたらほんとになんか犯罪しちぁったのかもしんないよ。ねえねえ、ねえってば、ほんとになにも知んないの?
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