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「でもま、オヤジがあらわれてくれたんでおれも、希望ってものがわいてきたわけだ。あいつに話をもってけばカネをだすかもしんない。そしたらルルちぁんに仕事をやめさして、ついでに酒もやめさせられるかもしれない。そんなふうに」
「なるほど」
「そっからさきはおまえも知ってるとおりだよ。ルルちぁんのアドレス帳をしらべて、オヤジに電話して呼びだして」
「だけどけっきぉく、オヤジはあらわれなかったじぁん。あのあとおまえひとりで、どうやってカネをまきあげたんだよ」
「それなんだけどね。おれ、おまえが茨城に帰ったあと、いきなりあいつの家にいってみたんだ」
「ってことは、正月にか?」
「うん。電話帳で住所しらべてさ。フナバシのほうの団地でさ。直接でかけてってあいつのとこの呼び鈴をならしたわけ。そしたら、玄関からでてきたのは、あいつの奥さんでさ」
「へ? しんだんじぁなかったの?」
「くくく、あのやろ、ウソついてたんだよ。しんでるどころか、ぴんぴんしてたよ、くくく」
「勝手に奥さんをころしちぁってルルちぁんにいいよってたわけか」
「うん」
「なるほどなあ。おれたちもトシとったらゼヒその手をつかおうな」
「つかおうつかおう」
「そんで、オヤジは家にいたの?」
「いたいた。もう、まっさおになってびびってたよ。まさかおれが家にまでやってくるとはおもわなかったんだろうな。なんかしどろもどろで奥さんに説明してんだけどさ、それがまたおかしいんだ、くくく」
「で、どうなったんだ」
「家にあがらしてもらって、それからオヤジにちぁんと説明してやったんだ。ルルちぁんの仕事のこととか、酒飲んで暴れるんだとか。おれはルルちぁんが好きだってはっきりいったんだ。だから彼女にはいますぐまともな生活をさせてやりたい、そのためにどうしても、とりあえずカネがいるんだって正直に話したんだ。オヤジもしまいにぁなっとくしてたよ。しきりにうなずいて感心してたな」
「ほんとかよ」
「なんだよそれ。なに疑ってんだよ」
「おまえのことだから、仕事さきにバラすぞとかなんとかタチの悪いこといっておどしたんじぁないのか」
「そんなこといわねえよ。ほんとになっとくしてたよ。そのうえおまけにおれなんて、一緒に飲もうなんてさそわれたんだぞ。ぜひ飲んでってくれって。まあおれも嫌いなほうじぁないしさ、正月なこったし、そいじぁま一杯だけってことで、一緒に飲みだしたんだ」
「なんだそりぁ。なんでそうなっちぁうんだよ」
「なっちぁったもんはしぉうがないだろ。おれだってわけわかんなかったけど、わかんないまま正月料理をくって、すすめられるままに飲んでたらめちぁくちぁ酔っちぁってさ。その晩はオヤジのとこに泊まった」
「‥‥‥」
「でさ、夜中になっておれがいいかげん酔っぱらってきたとこにガキが帰ってきやがってさ」
「ガキ?」
「うん。ガキ。小学生の」
「だって正月だろ? 夜中までどこにいってたんだよ」
「塾だってさ。正月だってのに、夜の夜中まで塾だって」
「浪人さまはいいキモチで酔っぱらってんのにか」
「うん。おれもなんだかアタマ痛くなってきて吐きそうになっちぁったよ」
「そらなるわ」
「しぉうがないから無理矢理ガキに酒飲ましたよ」
「なにい」
「ガキが目え回してぶっ倒れたとこで、おれも安心してその晩は寝たんだ」
「ひでえ」
「けっきぉくオヤジのとこにはそのあともずるずるといついちぁったんだ。ふたりして飲みつづけて、昼なのか夜なのかわかんないくらいずうっと酔っぱらってて、気づいたら四日の晩でさ。ルルちぁんが四日にもどるとかいってたのをおもいだしておれはオヤジんとこをおいとましたんだ。そしたらでがけにオヤジがおれにぶあつい封筒をわたしてくれてさ、ルルちぁんをよろしくたのむって、おれに握手してきた」
「‥‥‥なんかよくわかんないオヤジだな」
「いいやつだよあいつ。おれにタダ酒飲ましてくれるひとに悪人はいないよ。そんで、あるきながら封筒のなかを確認したら五十万もはいっててさ。こりぁもらいすぎだよとおもってあわててオヤジの家に引き返して、こんないらねえよってすこし返そうとしたら、ぜんぶ受け取ってくれって、また握手してきた」
「教師ってもうかるのか」
「いや、それよりもおれは、人間の善意というものを信じたい」
「ぷはははは、バカモノっ」
「ぷはははは。でも、ほんと、いいオヤジだよ、あいつは」
「そんで、おまえはルルちぁんのマンションに帰ったわけだ」
「うん。五十万はいった封筒をにぎりしめて、イキヨーヨーとね。駒込のマンションに帰った。うれしくてさ、地下鉄でもずうっと鼻歌を歌ってたよ。そんで、歌いながらマンションに帰るとね」
「どした」
「ルルちぁんはたしかに帰ってたんだけど、一緒に男がいたんだ」
「男?」
「うん」
「だれ?」
「先輩」
「先輩? なんの?」
「ほら、話したろ、中学んときにおれがいつも遊びにいったりしてた先輩がいたんだって」
「?」
「マッハ3の先輩がいたんだって」
「へ? そいつってさ、中学のときにルルちぁんにひどいことしたんじぁなかったの」
「そうだよ」
「なんでそんなやつがいるわけ」
「おれだってしらねえよ。おれのほうこそどうなってんのか教えてほしいもんだよ。おれが部屋にはいると、ルルちぁんといっしょに仲良くコタツにあたっててさ。ふたりしてテレビをみてたんだ。ルルちぁんは楽しそうに紹介してくれたよ。懐かしいでしぉー、とかいいながら。むかしよく遊んだんだってね、とかいいながら」
「どうなってんの」
「おれだってわかんないっつうの。とつじぉとしてあらわれたんだから。なんの前置きもなくて、いきなりそこにいたんだよ」
「じつはひそかにつきあってたとか」
「んなはずあるか」
「じぁなんなんだよなんで仲よくコタツになんかあたれるんだよ」
「しらねえってさっきからいってんだろが。おれはもう、あんまりたまげちぁって、その場にたちつくしてたよ。一緒にお酒飲もうよなんてルルちぁんが誘ってきたけど、おれはボーゼンとしてたよ」
「世の中って、よくわかんねえな」
「うん」
「で、それからどうした」
「しばらくボーゼンとしてから、ルルちぁんにきいてみた」
「なんて」
「そいつはだれだって」
「そしたら」
「おれが怒ってんのに気がついてルルちぁんはなんにもこたえなかった。それでおれはよけいアタマきてさ、おまえ、おひとよしなのもいい加減にしろよってどなったんだよ。そしたらルルちぁんはうつむいて、めそめそ泣きだしちぁってさ。先輩はなんにも聞こえないそぶりで、あっちむいてテレビみてるだけで。そのよこでルルちぁんがしくしく泣いてるんだ。なんかおれ、もう、やんなっちぁってさ、ばかやろうってさけんで、部屋をとびだしたんだ」
「せいしぅん」
「たのむからまじめに聞いてくれよ」
「でもそれでわかったよ。それでおれがあそこにいったとき、ルルちぁんのようすがヘンだったんだな」
「え? おまえ彼女にあったの? いつ?」
「五日の昼すぎだよ。だから、そのつぎの日ってことか。あのあとおまえ、ぜんぜん連絡してこなかったろ。だから、どうしたのかなっておもってさ。安心しろよ、手えだしてないから」
「バカモノ」
「はは」
「ようすはどうだった?」
「ドアをノックしたら彼女がでてきて、沖山くんはいますかってきいたら、困った顔してた」
「ルルちぁんのほかにだれかいたか」
「だれもいないような感じだったけどな」
「ふうん」
「沖山くんはいません、いつ帰ってくるかもわかりませんっていわれて、そんで仕方なくここにきてみたら、おまえがトホーにくれてたんだよ」
「トホーになんかくれてないよ」
「いやいや、ここにおれがきたときのおまえは、ぜんぜん普通じぁなかったぞ。ぼーっとしてしぉぼくれててさ。話しかけてもこころここにあらずで。顔つきからして、ぜんぜんおかしかったよ。おれ、おまえがあんなんなってるのって、はじめてみたよ」
「ふふん」
「日が暮れるといきなり、いまからナンパにいくぞっとか宣言するしさ。受験がちかいんでとうとうこいつもおかしくなりやがったなっておれはおもった。受験戦争のひずみがうんだかわいそうな被害者がここにもひとり、とおれはこころのなかで手をあわせておがんだよ」
「勝手におがむなよ」
「ははは。でもさ」
「なんだ」
「おまえ、カネつかっちぁってよかったの?」
「かまわないよ」
「だって、ルルちぁんのために使おうとおもってたんだろ?」
「いいんだって」
「もいちど彼女のとこにいってみたらどうだ」
「ほっといてくれ」
「だって、おまえルルちぁんがすきなんだろ。このままでいいのか」
「いいんだよもう。だいたいおれがだれかを助けようなんて思いついたのがそもそもの間違いだったんだよ」
「そうかなあ。なんかあっさりしすぎてやしないか」
「いいんだって」
「けどふつう、映画とかだと、話はこっからってとこじゃないか」
「映画じぁねえよ。これはおれのじんせいだ。おれにはけっきぉく、どうしようもないんだよ。あのときとおなじだよ。ただ黙ってみてることしかできないんだ。どうしようもないんだ」
「ふうん」
「なんだよ」
「なんだかんだいっておまえ、あれじぁないの、けっきぉくルルちぁんとは、一回やって飽きちぁったんじぁないの」
「そんなことあるか」
「あるよ。おまえ、いつもそうだろ」
「やってねえよ」
「へ?」
「やってねえよ、あいつとは」
「ほんとに?」
「ほんとだよ」
「‥へえ」
「なんだよ」
「おまえ、ほんとにこれでいいの? 一回やらしてもらっとかないと、あとでぜったいソンしたなあっておもうぞ」
「しるかそんなの」
「ふうん」
「なんだよ」
「でも、そういうあきらめかたっていうのは、おれはすきだけどな」
「じぁほっといてくれよ」
「ま、どのみちカネはぜんぶ使っちぁったしな」
「ヘンな病気にもなったし」
「それをいうなって」
「もう、いいんだよ」
「ふうん」
「‥‥‥」
「でも、これでやっとわかったよ。すっきりした」
「長い話だったろ」
「うん。だけど、よくわかったよ。それならヤケクソにもなるよな。ウサバラシしたくもなるよ」
「だろ? なるだろ?」
「毎晩ナンパしたくもなるよ」
「だろ?」
「で、挙げ句の果てがこのザマってわけだ」
「なんだよ、おれのせいだっていうのかよ」
「そうはいわないけどさ」
「なんだよ」
「けど、みじめだよなあ」
「うん」
「なさけねえよなあ」
「うん」
「ちくしぉう」
「ちくしぉう」
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