とり  カゼにはやっぱりルルがきく、ごめん

「そんでどうしたんだよ」
「どうしたもこうしたもあるかよ。おれはもうびっくりしちぁって、どきどきして、チンポコもたたなかったよ」
「むゎたインポかっ」
「ちぁかすなよもう。おれはマジメに話してんだから」
「へらへら。すまんすまん」
「たたないっつっても、でも、興奮はしてたんだけど。下半身の興奮じぁなくてさ。わかるか。わくわくしたよ」
「わくわく?」
「だってほら、しってる女がそういうとこにいるんだぞ。どきどきするって」
「ふうん。そんで、どきどきしてどうしたの」
「カベをぶちやぶって乱入してだきついたよ」
「‥‥‥」
「ばか、うそにきまってるだろ」
「いや、おまえならやりかねん」
「やりかねるよ。そんなことするかよ」
「んじぁどうしたんだよ」
「おれもさあ、どうしたもんかなあと窓からのぞいてたら、そのうちうしろでノックする音がするんだ。はっとしてふりかえるとべつな女がいてさ、フィンガ〜サ〜ビスはいかがですかってニコニコしながらいうんだよ。おれ、ああいうとこはじめてだったし、いろいろと動揺もしてたからうろたえちぁって、いいえ結構ですおじぁましましたって叫んで店からとびでたんだ」
「ぷははは、バカだねおまえも」
「そんなこといったってよお、いきなりフィンガ〜サ〜ビスなんていわれたら、だれだってとまどうぜ」
「それにしったおじぁましましたはないだろ」
「おれってほら育ちがいいからさ」
「ぷはははバカモノ。んで、それからどうした」
「しばらくは興奮がおさまらなくて、わけもわからず歌舞伎町んなかをぐるぐるあるきまわってたんだ。だけどあるきまわってるだけで、いい知恵がぜんぜんうかばなくてさ」
「知恵?」
「どうやって彼女に接近するかのさ」
「なんでそんなのに知恵がいんの?」
「あたりまえだろが、おまえだってああいう種類の女の子とおともだちになりたいだろ? できることなら相手してもらいたいだろ?」
「いやそうじぁなくてさ、おれがいいたいのはつまり、彼女とおまえはすでにしりあいだったわけだろ? それなのになにをいまさらしりあうわけ」
「おまえもつくづくものわかりの悪いやつだね。あのね、しりあいったっておれと彼女はたんに中学の先輩後輩ってだけで、それがたまたまイザカヤでぱったり再会したってだけで、しかもおれはそのあとうまくアパートにつれこめたにもかかわらず、たたなかったんだぞ? おれはとにかくそのことで傷ついたし、だからもういちど彼女とためしたかったんだよ。おまえにかねを借りるとき説明したろ? 彼女とやるまでは気がすまないって」
「よくわかんないけど、はやい話が、すごく彼女とやりたかったわけだな」
「みもフタもないやつだな」
「でもそうなんだろ」
「うん。だけど、あわてて店をとびだしちぁって、もうなかにもはいれないし、たとえはいれたところで彼女には声をかけられないし、それでおれはこまっちぁったんだよ」
「こまってどうした」
「店のまえの路上で彼女がでてくるのをまった」
「なるほど」
「ところがこれがまてどもまてどもでてきやしないんだ。くそ寒い夜でさあ。しまいにぁからだが冷えきっちぁって、ハナミズはとまんないし、アタマはズキズキしてくるしで、もうフラフラんなっちぁったよ」
「それでもまってたのか」
「うん」
「そんなにやりたかったのか。そんっっっなにまでしてやりたいのか。おまえのアタマのなかはそれだけか」
「余計なお世話だ」
「人間ハチ公。これでにほんも安心だ」
「かってにバカにしてろ。ともかくおれはそうやってまちつづけて、もはや何時なのかもじぶんが何者なのかも何をしてるのかもなんにもわかんなくなってきたところに、仕事を終えた彼女がやっとあらわれて、おれに気がついて、びっくりした声で話しかけてきたんだ。こんなとこでなにしてんのよおって」
「感動的」
「それでおれも挨拶しようとしたんだけどさ。あんなことってあるんだなあ。じぶんでもたまげたことに、うまくしぁべれないんだよ。まるでロレツがまわんなくってさ。それどころか、やっと彼女があらわれて、ほっとして気がぬけたせいか、その場にへろへろ〜んなんてへたりこんじぁったんだ」
「なにい」
「おどろいた彼女がおれをおこそうとしておれのからだに触れたとたん、声をはりあげたんだ。どうしたのよ、すっごいネツだよ、しっかりしてって」
「おまえ、ほんとにグワイ悪くなっちぁったの?」
「うん。なさけないことに、それきり自分のチカラじぁ立ちあがれなくってさ」
「またしてもインポか」
「彼女に抱きかかえられてタクシーにのせられて、彼女のマンションまではこばれたんだ」
「‥‥‥。おまえそれほんとの話か」
「彼女のとこでネツをはかったら四十度あった」
「おまえそれではあまりにもバカすぎないか」
「だってあんなくそ寒いなかで五時間も六時間もたちつくしてたらネツもでちぁうぞふつう」
「ネツでるまで我慢するかふつう」
「誠意と真実のおとこなんだ」
「性欲とチンポコのおとこだろ」
「ともかくそんなわけでおれは彼女のマンションで彼女と暮らすことになったわけだ。寒いなかネツがでるまで待ってたおれに感激したみたいでさ。やさしく看病してくれたよ。一週間もおれはフトンにへばりついたままの生活をおくるはめになっちぁったけど、なにからなにまで面倒をみてくれてさ。あれ以上の生活はない」
「めでたしめでたし」
「ここまでのところはね」


「ふつうネツだして寝込んだりするとわるいこと考えて弱気になったりするもんだけど、そのときのおれにはまったくそういうことがなかった。彼女がやさしくしてくれたからね。落ち込むどころか、まいにちが雲のうえさ」
「ふむ」
「いまにしてもおもうんだけど、彼女はきっとどんなやつにたいしてもやさしくできる女だったんだな。天使みたいなやつだったんだ」
「なんだそりぁ」
「天使」
「おおげさなやつだな」
「だって、そうおもわないか? うそみたいにやさしいんだぜ? それも、とくべつおれだけにってわけじぁなくて、きっとどんなやつにたいしてもやさしいんだぜ」
「ふうん」
「なにしろおれはいままで、あんなこころの清らかな女にであったことなんてなかったから、あんな安らかな気もちになったことなんてなかったから、それで最高にしあわせな気もちで誓ったんだよ。これからのおれのじんせいを彼女に捧げようって」
「ぷははは、バカモノ」
「わらうなよう」
「だって、おまえだっておかしいだろ」
「おかしくないよ、ほんとにそう誓ったんだよ。誓ったんだけどさ、だけど」
「どうした」
「なんつうか、そのころから、彼女がふつうじぁないことに気がついたんだ。つまり、あのさ、おまえもみたろ、あの空き瓶の山」
「アル中だったのか」
「いやそれほどじぁないんだけど、ただ、一日じう酒を飲まずにはいられないらしいんだな」
「そういうのを世間じぁアル中つうんだよ」
「そんなんじぁないんだって。ふだんはべつにどってことなくて、ただ酔っぱらってるだけなんだ。だけど、ときどき、ヘンになったりするんだ」
「どんなふうに」
「あたしはひとごろしだとか、いまにあなたのこともころすとか口走ったりするんだ」
「げ。そりぁたしかにおかしいわ」
「ひどいときには暴れたりもするんだ」
「どんなふうに」
「泣きわめいたりとか、皿を順に床に叩きつけて割ってみたりとか、窓ガラスをぶちやぶってみたりとか、殴りかかってきたりとか」
「そりぁ天使じぁなくて悪魔だよおい」
「いやたまになんだよほんとに」
「おまえってさ、つくづく」
「なんだよ」
「女をみるめがないね」
「なんとでもいえよ。とにかくおれは彼女に人生を捧げようって決心してたから、どうにかして酒をやめさせようとはおもってたんだけど、とりあえず彼女に養ってもらってるわけだし、あんまし強いこともいなくて、こまっちぁってたんだ」
「なるほどなあ、ヒモってのもいろいろむずかしいもんだなあ」
「だっ、だれがヒモだこのやろ」
「だけどポンビキとはいわないだろ」
「そりぁいわないけど」
「やっぱりふつうそういうのはヒモっていうんだよ。いやあ、アル中女にヒモ浪人かあ。これで日本も安心だなあつくづく」
「いい加減にしろ」
「へらへら」
「そんで、どうしたもんかなあと弱ってたところにあのオヤジが現れたわけだ」
「おうおう、やっとでてきたオヤジオヤジ、わすれてたよ」
「クリスマスの三日ばかりまえの晩にいきなりルルちぁんのマンションにあらわれて、あがりこんできて。おれもたまげたけど、あいつもたまげてたみたいだったな。おれが彼女のマンションに住みついてるなんてまるでしらなかったらしくてさ。ずいぶん動揺してたよ。つくりわらい浮かべて、ビールを一本飲んで世間話して、ルルちぁんとおれに愛想ふりまきながらそそくさと帰ってった」
「なんだそりぁ」
「もちろんオヤジが帰ったあとにおれはルルちぁんにきいたんだ。ありぁいったい何者なんだって。どういう関係なんだって。そしたらルルちぁんは、えんえんとオヤジの身の上話をはじめちぁってさ。いかにオヤジがかわいそうなやつかってことをおれに力説するわけなんだ。去年だかに奥さんにしなれちぁってすごくさびしがってるんだとか、それでもがんばって子供の世話をしてるんだとか、そういうのを力説するわけだ」
「やもめなのか。仕事はなにやってんの」
「学校の先生だってさ。高校の」
「公務員かっ」
「うん」
「ふうん。でも、わかんねえもんだよなあ、あんなまぬけそうなやつなのに、どうやってルルちぁんと知り合ったんだろ」
「飲み屋で声かけられたらしい」
「ナっ、ナンパされたのかっ」
「うん。そんで、彼女はいろいろオヤジのことをもちあげるわけなんだけど、それ聞いててなんかおれ、かなしくなってきちぁってさ」
「なにが」
「なんか、わかっちぁったんだよな。彼女はけっきぉく、おれのことなんて好きじぁないってことが」
「?」
「だからさ、たぶん彼女は、かわいそうなやつをほっとくことができないんだよ。風邪ひいてしにそうになってたおれを世話してくれたのも、たぶんおれがしにそうだったからなんだよ。そういうやつをみると、どんなやつだろうと世話をせずにはいられないんだよきっと。オヤジに好意をもってるのにしたって、たぶんあいつがかわいそうなやつだからなんだ。かわいそうなやつをみるとほっとけないんだ。そういう、うまれついての天使みたいなひとなんだよ。うまれつき、清らかなこころの‥」
「あのさ。ちぉっといいか」
「なんだ」
「ルルちぁんてさ、とどのつまり、バカなんじぁないか?」
「なんで」
「おまえだってほんとはそうおもってんだろ?」
「ぜんぜんおもってないよ。ルルちぁんはバカじぁない」
「ほんとに?」
「わかったよ、おまえがそういうんならそんでもいいよ。バカでいいよ。バカだよ。それがどうした? バカでなにが悪い? バカだろうとりこうだろうと、ルルちぁんは天使だ、そうだろ」
「んな、怒んなくたっていいじぁん」
「怒ってねえよ」
「怒ってるよ」
「怒ってねえって」
「はいはいわかりました。ルルちぁんは天使です」


つづく 

[04,06,2000]