とり  エコダの証人

→だれがよんだかじんるい愛、ほかにとりえはなくたって、このひろいこころだけはだれにもまけないおれだけど、そのせいで安寧とか秩序とかいったものからはほどとおいような生活をしいられるはめになったことはたたあったけど、それでもぽいう、この愛と闘いのしょうがいに悔いはひとつもないとむねはっていえるおれだけど、もちろんうそだけど、とにかくそんなおれにも、いちどだけ、じぶんのじんるい愛をうたぐってしまったことがある、おもいなやんでしまったことがある。そもそもこうみえてもおれ、なやみ相談をうけたりとか、グチをきいたりとか、チワゲンカの仲裁をしたりだとかはわりとあったのね。それはもうものごころついたころからずうっとそういう傾向はあって、なんかばかばかしいなあっていうのはそのころからおもってたけど、もちろんそんなことはおくびにもださず、いやな顔ひとつせずにちぁんとつきあって、なにしろじんるい愛の使者だ、ひとの苦悩はわたしのしあわせ、ひとのしあわせもわたしのしあわせ、とにかくなんでもしあわせです神様ありがとう、そういう、感謝の精神でもっていきてきたおれだったからけっこう便利がられて、しまいにぁいろんな不始末の処理がおれのとこにくるようになって、またおれがないチエをしぼってがんばるいいひとだから、どんなモメゴトにでもあの手この手でいろいろホネおったりして、もちろんたいていは事態を悪化させてるだけだけど、でもそうするとますますいろんな相談とかもちかけられるようになっちぁって、そんなわけでやがておれがすんだアパートの部屋は連日なやみをうちあけにくるコヒツジたちの群れで超満員、おすなおすなのおおさわぎってなもんで、東に恋の病の娘あればいって無理矢理注射してやり西にチワゲンカあればいってつまらないからやめておれにのりかえろといい、そういうものにわたしはなりたくもないのになってしまった。しかし、そんなふうにがんばってみたところで、しょせん浮世のむかい風はいつだってつめたくふいとるわけで、真夏の熱帯夜にさえふきすさぶこともあるわけで、おまけにまったくむかしのワカモノときたらなっちょらんつうか、感謝の気もちつうものがこれっぽっちもなくて、なんの義理もないようなともだちのチワゲンカのとばっちりとかうけて、それでもがまんにがまんをかさねてのじんるい愛で解決に尽力したおれに、だれかひとりでも、パンツぬいであいさつにきたやつがいたろうか? いいやひとりもいなかった。
→なんてむだ話はいいかげんにして本題にする。おれは二十歳で、アパートの部屋にいた。真夏のくそあつい日を、ひとりですごしてた。するとゆうがたに予告もなしでおふくろがあらわれて、今夜はここにとまっていくときた。茨城にかえんないで、とまってくっつうわけだ。まあべつにおれもかまわないから、んじぁ〜とまってったらがっぺ〜ってなわけで、おふくろがとまってくことになった。こさえてもらったばんめしたいらげて銭湯洗濯お茶をすまして、そんなふうに夜はふけて、そのうち、たぶん夜の十時ごろだとおもうけど、おふくろがもうねぷたくってしぁ〜ね〜といいだしたもんだから、フトンしいてデンキけしてねかした。でもおれはもちろんぜんぜんねぷたくなんかないから、ひとりうすっくらい部屋んなかでシロクロのテレビつけて、それをぼ〜っとながめてた。やがてそれにもあきて、ふとんなかにはいって、こんどは天井ながめながらぼ〜っとしてたんだけど、そらもうダラ暑くネト湿ったねぐるしい夜で、なかなかねむれなくって、おふくろの寝息をききながらふとんのうえでうが〜なんてだれながらやっとうつらうつらしだしてたところに、夜中の二時半だか三時半だったかなあ、それはもうさだかじぁないんだけど、とにかくそういう非常識きわまりない時刻だ、客がきたのは。がちぁーんとノックもなしにドアをあける音がして「くりたくう〜〜う〜ん」なんて声をあげながらかってにあがりこんできたやつがいた。その声をきいて、おれのちっちぁくてかわいい心臓はもう、でんぐりがえった。「たったいまアメリカ合衆国が大陸間弾道ミサイルをわがくににむけて発射しました」なんて臨時ニュースをテレビでみせられたときつうのはきっとああいう気ぶんがするんだろう。なにしろその声のぬしは、マナベっつって、そのとうじおれのしってた女の子たちのなかでも、といってもささやかなもんだけど、とにかくそのなかでもきわだって、そらもう大陸間弾道ミサイルなみに個性的なやつだった。そいつはともだちのガールフレンドだった。そのともだちは西武しんじく線のヌマブクロつうとこにすんでて、おれは西武いけぶくろ線のエコダつうとこにすんでて、よい子のみんなはためしに地図をひろげてみてみてほしいんだけどこのヌマブクロっつうのはエコダからだと三十分もあるけばつくとこにあって、そこにすんでたともだちのガールフレンドがマナベだったんだけど、もう、それいぜんにもほんっと、なんっっかいもマナベの訪問はうけてた。ともだちとマナベつうのはあきれるほどなかがわるくって、しょっちゅうケンカばっかりしてて、そのたんびにヌマブクロの部屋をとびだしては泣きながら「くぅりぃたぁくう〜〜う〜ん」なんてサカリついたカエルみたいな声をあげておれんとこにやってきて、だいたいなんでだかしらないんだけど女のなかには男とケンカすると部屋をとびだす習性があるやつがいて、あとさきかんがえずに、ネコにおいかけられたメンドリみたいにとびだして、とびだしたはいいもののいまさらおめおめと男のとこにもどるわけにもいかず、さあどうしようという段になったときにてぢかなしりあいのとこにおしかけるようにできてて、けっきょくはヌマブクロとエコダが距離的にちかかったのがおれの敗因だったわけなんだけど、いまとなってはそのことをくやむしかないんだけど、そうやってマナベはケンカしてはおれのとこにきて、いきなり部屋にあがりこんできて、日本語だかなに語だかわかんないような言語でグチをひとしきりこぼしたあとに泣きねいりしたその翌あさにはすっかり機嫌をなおしてまたケンカしにヌマブクロにかえってくという黄金のパターンが完成されてて、でもあんまりそれがヒンパンだと、いくらじんるい愛のおれでもしまいにぁめんどくさくなるわけだ。おまけにこのマナベというのが、さっきもいったとおり個性的なやつで、どう個性的なのか、どう表現したらいいのかさえわかんないんだけど、だいたい「個性的」なんてのは、ひとをどういいあらわしたらいいかわかんないときにつかうことばだっつうことは察してほしいんだけど、なんつうか、こいつは、じぶんのめのまえのことしかみえないやつだった。いつもただひとつのことしかかんがえてなくて、ものごとをさまざまな面からかんがえるとか、視点をかえてみるとか、そういうことのまるきりできないやつで、それはもう芸術的なまでにできなくて、なにかについて、こうだとおもいこんじぁったらもうおしまいで、だれの話もみみにはいってこない。そういうやつだったわけだ。ところがその晩にかぎってはおれにもつごうがあったわけで、ほかにもつごうのある晩はいくらかあったかもしれないけど、その晩のつごうつうのもけっこう特別で、もちろんおれだって両親の期待をいっしんにになって花の東京におくりだされてたわけだし、将来を嘱望された紅顔の美少年つうか、そういうみぶんだったわけで、そのおれがだ、夜も夜中に髪の毛をざんばらにふりみだして泣きじぁくってるまるでピカソの泣く女みたいな女の訪問をうけてたのがおふくろにばれちぁったらもう、おれの立場つうものがないわけで、へたしたらしおくりストップどころか、イバラギの豪邸につれもどされて、そこの座敷牢で監禁生活をしいられるようなハメにおちいるかもしれないだろ、座敷牢なんてないけど。そんなわけでおれは「まずいっ」なんてとびおきて「ちぉっとまってっ、ちぉっとまってっ」なんてこごえでさけびながら「こごえでさけぶ」つう日本語はヘンか、まあいいやそうやってさけびながら玄関のほうへいそごうとしたんだけど、ときすでにおそくマナベはおもいっきりあがりこんできてくれてて、おふくろとおれがマクラならべてなかよくねてたその部屋の戸をがらりとあけて、へっく、へっく、なんてしぁっくりしながら、うん、泣くとしぁっくりするやつっているだろ、そうやってしぁっくりしながらはいりこんできちぁってた。もちろんそこにふとんがふたくみしいてあることの意味なんかかんがえるわきぁないマナベで、だいたいふとんもなにもめにはいってなかったんじぁないかとおもうんだけど、へっく、へっくなんて部屋んなかにはいりこんできて、そのまんまへろへろ〜んなんて腰のさだまらないあるきかたで部屋のなかをうろうろしだして、もちろんあいかわらずしゃっくりはつづけてて、ところがとつぜん、へっく、へっく、へっく、という音のあとにいきなり、ジョリっていうカタカナの異音がきこえた。それはなんの音だったかというと、マナベがおれのおふくろのアタマをふんずけちぁった音だった。いきなり、おふくろのアタマを、しあわせなねむりの世界をタンノウしてたなんの罪もないおふくろのアタマを、あしのうらで、おもいきりふんずけちぁった音だった。それは側頭部だったんだけど、どうやらスイ〜トスポットをちょっぴりはずしてたみたいで、マナベはそこですっころんだんだけど、そのさいにマナベのあしのうらとおふくろのアタマの皮のあいだにはさまった髪の毛が、マナベがこけたいきおいでこすれて、それがジョリっつう音の正体だったわけだ。あんまりいきおいよくマナベがこけたから、ふんずけられたおふくろのアタマはもう、かすって火がふきでてるんじぁないかとおれは心配したもんなんだけど、ほんと、このときのこの音だけは、あたまのなかにこびりついてておれはいまだにわすれることができない。あの、へっく、へっくつうなさけないしぁっくりのあとにとつぜんきこえたジョリ、へっく、へっく、へっく、ジョリ、こうやって作文してるおれのあたまのなかにいまだになりひびいてる。たぶんいっしょうわすれることはできないんだろう。そうして「うげっ」つうかんじでもちろんおふくろはめをさまして、そのおふくろさまの眼前にくりひろがってた光景は、うすらあかりの部屋のなか呆然とたちつくすおれと、そのあしもとにでんぐりがえって、へっく、へっく、なんて、じぶんがなにをふんずけてころんだのかもしらずに脳天気に髪をふりみだして泣きじぁくってるピカソ女だったと、こういうわけだ諸君。なあ、みんなわかる、そのときおれがどんな気もちがしたもんだか、わかってくれる? わかるわきぁないよな。わかるもんか。
→もちろんおれはこのことで、あとでさんざっぱらおふくろにイヤミをいわれておこられた。だけど、ねえ、おかあさん、いったいおれがなにをした? なにかひとつでもおれは、まちがったことをしたかい? ひとの道にもとることをしたかい? というわけでだ、このときばかりはおれもさすがにじんせいというものについて、ふかく洞察をくわえないわけにはいかなかった。がまんにがまんをかさねて、ともだちのガールフレンドに親切にしてきた結果がこれなんだとしたら、わがままななやみごとのあるときにだけあらわれて、さんざんウサをはらして利用するだけ利用して、気がすんだらおれのことなんかさっさとわすれてとっととタマブクロにかえってくバカ女のめんどうをこまめにみてきたおれにまってたしうちがこれだったんなら、おれのじんるい愛ってなんなんだろうって。さすがにおれもおもいなやまないわけにはいかなかったんだけど、でも、けっきょくは、そんな懐疑も5分できえて、ながい時間をかけてかたちづくってきたこの性格だけはなかなかかえられるわけはなくて、それからも愛欲のどろ沼にずぶずぶとしずみこみあっぷあっぷとおぼれくるしむいまだにもだえくるしむおれがだれがよんだかじんるい愛のぽいうだごくろう。

[14,03,2000]