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大学の三年めでバンドにあきた。そこで映画をとろうという話になって、カメラを用意したのだが、さて、とるべきものがない。映画をとろうとはりきったものの、いざというだんになって、どんな映画をとるのかだれもかんがえていなかったことに気づいたのだ。ありがちな話である。ついでにいうとそのすこしまえに、雑誌をつくろうという話になって印刷屋をみつけて見積りをとってもらったのだが、いざ印刷をしてもらおうというだんになって原稿がまるでないことに気づいたこともある。原稿いぜんに、なんの雑誌をつくったものかだれもかんがえてないことに気づいた。そのたいろいろ、ありがちな話である。いまはありがちな映画の話。とるべきものがないので、たまたま部室にいた後輩の、九州出身の男の子にカメラをみせて、なにかやってみろ、といってみた。するとかれはアコースティックギターを手にして、木造二階建ての、おんぼろアパートみたいな、部室のある建物の屋根にするするとのぼり、瓦屋根のうえにたったかとおもうと、おもむろにそこでGのコードをおさえてデビッドボウイーのジギースターダストをうたいだした。なんだなんだとひとがあつまってきたが、ふしぎなもので、カメラがあるのに気づくとひとはなっとくしてしまう。ああ、撮影をしてるのか、となっとくをして、それからみんなでジギースターダストをおとなしくきいた。これがまた春の青空の日で、みあげながらきくジギースターダストというのはふしぎと印象にのこった。
さて、瓦屋根が舞台となったその建物は『山小屋裏』とよばれてたんだけど、ところが、この山小屋裏はもうない。いつのまにやらとりこわされて、かわりに木がなんぼんか植えられ、ベンチがいくつかおかれてる。かおもしらないおれたちの先輩がすごし、おれたちがすごし、かおもしらないおれたちの後輩がすごした山小屋裏はきえさりもはやどこにもなくて、やがておれたちがくたばればだれも山小屋裏のことなんてしらない。あすこにある木はむかしからあすこにあったのであって、それいぜんのわれらが1900年代には木造の二階建てがあって、春の屋根のうえでジギースターダストをうたった男の子がおりました、なんて歴史をかんがえるひとはいない。だれもおもいつきさえしない。だいたい、いい気になってこんな話をしているおれにしたって、山小屋裏ができるいぜんのあの土地になにがあったのかなんてしらないわけだし。ね、こういうのって、かんがえるとちょっとヘンな気もちになったりとかしないですか、という話をしてみたかったんだけど。
それはともかく、ジギースターダストっていい唄だよね。
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