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学生のころにともだちのアパートにあそびいって、共同トイレをつかわせてもらうと、そこに墨もしたたれとばかりにくろぐろと『犬猫禁止』とかかれた貼り紙があって、おどろいたことがある。おどろいたあまり排泄するのもわすれて「これはどういう意味だろう?」とかんがえこんでしまった。それともこれ、意味わかりますか? おれにはわからない。道ゆく犬や猫がわざわざ人間用のアパートにあがりこんできて、そこのトイレで用をたすとはおもえない。あるいはそうしつければするのかもしれないが、でも犬や猫がこの字を理解するんだろうか。もしも理解できたとして、その場合『これは我々にたいする差別だ』『そうだサベツだ』とポチやミケに抗議されたりはしないんだろうか。わからない。とりあえずいちばんありそうなのは、こっそりとアパートの住人のだれかが大家に内緒で犬か猫を部屋で飼っていて、そのシモの世話をこのトイレでしているという線だけど、もうひとつ釈然としない。トイレをでたあとも納得がいかず、ともだちにたずねると「ああ、あれなあ。謎だろう? おれも理解にくるしんでいろいろかんがえたんだけどさあ、用をたしたあとはちゃんと流しとけ、っていう意味じゃないかとおもうんだよ。クソをしたあとに流さないようなやつは、犬や猫とおなじだよ、そういう犬や猫は禁止だよ、っていう意味じゃないかなあ」というこたえがかえってきた。さすがにアパートの住人だけあって、日々この貼り紙を目にしているだけあって、考えがなかなかにふかい。おれもその説にはなるほどねえ、と感心したけど、でも、それならそれで『使用後は流してください』とわかりやすく書いておきゃいいじゃないか、こんなクイズみたいな貼り紙でまどわせて、排泄者の便通のたのしみをうばわなくてもいいじゃないか、ともおもう。犬猫禁止。けっきょくのところ真相は謎だ。
というのをマクラにしてこのさいハッキリさせておきたい意味不明な一行がある。わりとよくみる。きょうもみた。クルマの後部ガラスの『子供が乗っています』という一行だ。クルマを運転してると、このフダがまえをはしるクルマの後部ガラスについている。みかけるたびにおれは「だからなんだ?」とおもってしまう。だからなんだ? 子供が乗ってるからどうしたんだ? 子供が乗っているからアオってほしいのか? 子供が乗っているから追突してほしいのか? なんなんだ。なにがいいたいんだ。ハンドルをにぎるおれのこころはかきみだれ、おもわずほんとにそのクルマに追突しそうになってしまう。おまけにこのクルマにはどうみても子供が乗っていなかったりすることがあって、さらに「なんなんだ?」となってしまう。正直者にしかみえない子供が乗っているのだろうか。それとも助手席の女性は三十代にしかみえないんだけど、じつは六歳の怪人間なのだろうかなどと、ますますもっておれのこころはみだれてゆく。もしかしたらそれがこのフダをはりつけたぬしのおもうところなのかもしれない。クルマのぬしはこういうわけのわからん言葉でもってまわりの運転者の精神をかきみだして交通事故を多発せしめんとする意図でもってやっているのかもしれない。でもそれなら『もういいです』とか『アレはウソです』とかいった、みたひとのこころを瞬間的に千々にみだしてしまう文句はいくらでもありそうなんだけど、どういうわけか『子供が乗っています』ばかりだ。もしかしたら「子供が乗っています教」の熱心な信徒なのかもしれない。または悪の秘密結社「子供が乗っています」の正社員なのかもしれない。ロックバンド「子供が乗っています」の熱狂的ファンということもかんがえられる。そういう世間をたばかった「教」なり秘密結社なりバンドなりがじつはあるのか。しらんが。おい。あるのか。どうなんだ。しらんが。かくいうわしは無限会社「子供をつくっています」の社員だ。とうぜんわしのクルマには『子供をつくっています』のフダがはりついている。ノッキングをしながらはしってやると後続のクルマはびびって車間距離を50メートルもとるか、興味津々で3センチの車間距離までちかづいてくるかのどっちかだ。ついでにいうとわしは会員制秘密クラブ「子供が運転しています」の会員もしていて『子供が運転しています』のフダもぶらさげている。後続のクルマはあわてて車間距離を500メートルも‥‥うそだもちろん。
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