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13日の金曜日だった。よくないことがおこることになっている日だった。そんな日付の夜に警備のアルバイトがあるからあそびにきてくれ、とさそったともだちはあらわれず、学校の警備員室でひとりきりですごさなくちゃならないというのは、かみさまがおれにおあたえになった試練というものだったのかもしれない。なぜなら、ほんとうによくないことがおこったからである。つけっぱなしの警備員室のテレビが『13日の金曜日』を放映しだしたからである。こんなのみちゃいけない、こんなのみたらこわくて巡回にいけなくなる、とおもいながら、ふしぎなもので、みてはいけないとおもうものほどみたくなる。けっきょくその映画をさいごまでみてしまい、みおえたころには、おれは日本で二番目くらいに臆病な学校の警備員になっていた。臆病ではあったが、それなりに職務には忠実な警備員だったので、巡回時計をくびからぶらさげ、懐中電灯をかたてに11時半の巡回におれはでかけた。木造のふるい校舎だった。あるくと床がきしむ廊下だった。そんなところを13日の金曜日の深夜に、懐中電灯のあかりをたよりにひとりきりであるくというのは、あまり気ぶんのいいものじゃない。巡回のコースというのはきまっていて、各ポイントに鍵がおかれている。その鍵を巡回時計にさしこんでひねると、その時刻が時計のなかの紙に記録される。そういうしくみのもとに警備員のしごとはなりたっている。二階の端に音楽室がある。その音楽室の扉のまえにたって、鍵をつまんで、時計にさしこんだときだった。ポーン、とひとつだけ、ピアノの音が教室になりひびいた。そらみみだとか、気のせいだとかいう、なまやさしい音ではなかった。はっきりとしたピアノの音だった。それがひとつだけして、それからまた静寂がひろがった。深夜の学校の暗闇の音楽室だった。全身の毛がさかだった。ひとは恐怖に直面したときに、なきさけぶか硬直するか、どちらかの反応をしめすという話をきいたことがあるけど、このときおれがしめしたのは硬直のほうだった。その場でおれは息をとめ、硬直した。おそろしくて教室のなかはのぞけなかった。夜中の音楽室でピアノをならすひと、というのはおれには想像がつかなかった。そういうひとがいたにしても、どうしてわざわざ警備員がとおりかかったときにならす必要があるのだろう? おれにはわからなかった。なにひとつわからなかった。ただひとつはっきりしているのは、おれのからだの毛がさかだっていることだった。ながいあいだおれはその場の闇にたちすくんでいた。けれども時間はなにひとつ解決してくれなかった。おそろしさがつのるばかりだった。パタパタとスリッパの音をたてておれはその場をたちさった。音楽室に背をむけて、いちどもふりかえらずに廊下をあるいた。三十歩ほどあるいたところで、背なかのほうからもういちど、ポーン、とピアノの音がした。おれは早足でただひたすらにあるいた。うううう、とおれののどの奥で音がもれた。おそろしさのあまりにおれが発した音だった。警備員室にもどり、たたみのうえにおれはへたりこんだ。両腕の毛穴がぜんぶひらききっていた。じぶんの心臓のありかがはっきりとわかり、それがうごいているのもわかった。いったいあの音はなんだったのだ? いったい、なにがおれの身におきているのだ? 混乱しておれはなにもかんがえられない。ドン、と警備員室の扉がなにかにたたかれた。ぐゎ、とおれはこえをあげてそっちをみた。だれもいない。「だれ?」とおもわずおれは誰何した。それから後悔した。こえをだしたことによって、だれからもその返事がないことによって、かえってじぶんがひとりきりだとおもいしることになってしまったからだ。目になみだがにじんできた。もうたちあがることさえできない。おそろしさで腰がぬけてしまったらしい。たたみのうえでひとり、じたばたとのたうっていると、こんどは扉のむこうから、ひいひい、と声がきこえだした。それがきこえたとき、おれはからだじゅうのちからがぬけた。ききおぼえのある声だったからだ。ききおぼえのある、わらいをこらえる声だったからだ。あそびにきてくれ、とさそっておいたともだちの声だったのだ。ふざけるなよ、もう、とおれがよびかけると、扉のむこうからふたりの男があらわれた。「おまえ、そんな臆病で、よく警備員なんてやってるなあ」とかたほうがおれにいった。「だれ? だれ?」ともうかたほうは、おれのくちまねをくりかえしてひとりでわらいころげている。「おめえら‥‥」おれはいいかけたが、あきれてそのあとがでてこない。ピアノの音はこいつらのしわざだったのだ。こいつらは、ひとをおどろかすというただそれだけのために、音楽室で息をひそめ、ひたすらおれが巡回にくるのをまっていたのだ。そういう、身の毛もよだつほどのバカが音楽室に出現した13日の金曜日だった。
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