とり  サンキュー4

いろんなことはありましたが、それでもわたしはだれもがほんとうは善人なのだと信じています。

アンネ・フランク(1929-1944)


 おれの名は有賀泰三、あだ名はサンキューである。洪水がきてなにもかもをあらいながしてしまうみたいに、季節がきて、1980年の高校三年生たちが高校を卒業したとき、その群れのなかにシンジとおれもいた。受験した大学のすべてに落ちて、おれたちは浪人をした。予備校のきわめてみじかい夏やすみがきたとき、シンジとおれは、そのころシンジがのっていたカワサキの400ccのオートバイにふたりのりをして、千葉の海へ一泊旅行へでかけた。そもそもその旅行をおもいついたのは森下さんである。森下さんは予備校にはいってさいしょにおれがねんごろになった女の子で、シンジは彼女をモラシタさんとよんでいたが、とうぜんのことながら、モラシタさんはそうよばれると激怒した。モラシタさんとシンジとおれが、四谷三丁目にあったシンジのアパートでいっしょにすごしていたとき、それまで退屈そうに雑誌をぱらぱらとながめていたモラシタさんが顔をあげ、そうだ、みんなで海へいこう、といいだした。すばらしいアイディアだろうといわんばかりの、とくいそうな表情だった。モラシタさんによれば、まいにち受験勉強ばかりだと気がめいるから、ときには気ばらしが必要なのだということだったが、じつをいえば、おれたち三人は気ばらしだけはじゅうぶんたりていた。それでもシンジがその案にすぐに賛成したので話はきまり、そこからさきはモラシタさんがてきぱきとおぜんだてをした。はじめからおわりまでおれにはなんの意見もなく、ただモラシタさんのいうところにしたがっているだけだった。海へいこうといわれてうんとうなずき、千葉の海にしようといわれてうんとうなずき、水着をかいにいくからいっしょにきてといわれてうんとうなずいた。ところが、じっさいにその日がきてシンジとおれが浜辺におりたったとき、モラシタさんは夏風邪をこじらせて家のベッドでうなされていた。四谷三丁目から海へつうじる道路はひどくこんでいて、おれたちが目的地へ到着したとき、おれたちのTシャツは排気ガスですすけているほどだったが、気ぶんは高原のピクニックにやってきたサウンド・オブ・ミュージックの、半ダースかそれくらいのこどもたちだった。おまけに家庭教師の先生は風邪でねこんでいた。シンジとおれはさっそく水着にきがえて浜辺におりた。すごい天気だった。太陽は空のまん中でいつもの核融合をつづけ、さまざまな周波数の電磁波や放射線を地球に照射し、浜辺にはそれをうけとめる水着の女の子たちがいた。十九歳で、精子のたっぷりつまった睾丸をもっていたシンジとおれは、頭と睾丸をひやすためにたびたび海にはいらなければならなかった。あまりにたびたび海にはいったので、とうとうシンジはそこでおぼれた。シンジは背泳以外の泳法をしらなかった。にもかかわらず、上機嫌でどこまでもおよぎつづけ、気がつくと浜がみえないところまできていた。びっくりしたシンジは四方の水平線をみまわし、浜があるであろうとおもわれる方向をみさだめておよぎだした。たしかにその方向にも浜はあるのだが、残念ながらそれはカリフォルニア州の浜で、そこまでは1万キロメートル以上の距離があった。そこをめざしてシンジは力泳をつづけた。もちろん背泳で。シンジが救助されたとき、そうとはしらず、おれは砂のうえに平和にねころがっていた。浜辺にひとだかりができて、おきあがってそれをみにいくと、ひとだかりの中心にシンジがいた。赤い水泳キャップをかぶった海難救助員によって水をはかされているところだった。青白い頬に水滴がいくつもういていた。そのときシンジは失神していたが、失神していながら、キャンディーズの唄をかぼそくくちずさんでいた。唄のあいまあいまに音をたてて水をはくので、呼吸がひどくつらそうだった。それでもシンジは唄うのをやめず、たどたどしくはあったが「年下の男の子」をさいごまで唄いきったとき、見物人のあいだから歓声と拍手があがった。「およいでるとちゅうでだんだんこころぼそくなってきてさあ」民宿であてがわれた部屋にもどってからシンジはいった。「唄でも唄ってじぶんをはげまそうとおもって、およぎながらずっと唄ってたんだよ」だから、意識がなくなったあとも唄っていたのだろうといいたいらしかった。しばらくシンジは気もちがわるいといってたたみのうえにころがっていたが、夕食のあといなくなってしまった。おれがひとりでなん本めかの缶ビールをのみほしたとき、シンジがふすまをあけててまねきをした。シンジが案内したのは、おなじ民宿にとまっていた四人組の女の子たちの部屋である。シンジはそのころから、おれのしらぬまに女の子を調達してくるのがうまかった。たとえおぼれて死にかけた日の夜でさえ、それはそうだった。ひやけで鼻の頭をあかくそめた女の子たちの部屋でシンジとおれはしばらくすごした。女の子たちが浦和からきた高校二年生だと自己紹介したのをうけて、シンジは天地がひっくりかえったような話を彼女たちにはじめた。シンジによれば、そのときシンジは彼女たちとおなじ高校二年生で、フランス人の父と日本の母による私生児なのだということだった。「親父が日本人じゃないとさあ、日本の法律では日本の国籍がもらえないんだよ、だからおれも日本人じゃないんだ」シンジがそういって傷ついているそぶりをしてみせたとき、おれは、シンジの頭のなかはまだキャンディーズの唄といっしょに冥途をさまよっているのではあるまいかとうたがった。さらにおれをあきれさせたのは、女の子たちのだれもがシンジの話を信じたことだった。こころやさしい彼女たちは、シンジにすっかりだまされ、ほだされ、同情さえしていた。シンジがその調子だったので、おれも話をあわせないわけにはいかなくなった。むかしからおれはいかなる状況でも、ひとまず話をあわせてみるたちだった。そういうつくり話をするのはそのときがはじめてだったのだが、してみておどろいたことに、おれにはつくり話の才能があった。あとからあとから嘘がわいてきて、しかもきちんと話がつながっていくのだ。それともうひとつおどろいたのは、おれの話にだまされている女の子たちをみていると、彼女たちにどんなひどいことだってできるんじゃないかとおもえてくることだった。それからすこしして、シンジとおれは四人の女の子のなかからひとりずつえらび、それぞれの相手と性交をした。おれの相手をしてくれたのは、ヒューストン・アストロズのまあたらしい野球帽をかぶった女の子だった。おれたちの部屋はシンジとシンジの相手の女の子にとられてしまったので、彼女とおれは民宿をでて月夜の浜辺へおり、そこでした。そのさいちゅうも彼女はアストロズの帽子をかぶっていた。翌あさシンジは電話番号をしるした紙きれを女の子にわたし、「ぜったいに連絡をくれよな」と念をおしていたが、それはリカちゃん電話の番号だった。それからおれたちはオートバイにまたがって、意気揚々と四谷へ出発した。とちゅうでたちよったそば屋で、カツ丼を注文してからシンジは、四人組の女の子たちがだれかににているのだが、それがだれなのかわかったといいだした。シンジによれば、彼女たちはあみんににているということだった。「ほら、あのどうしようもないまだるっこしさっていうのが、なんともいえないくらいあみんだとおもわないか?」おれに同意を強要したあと、カツ丼がはこばれるまでにシンジがしたのは、以下のような話である。「まあナンパというのも柔道とかとにたようなめんがあってさ、重心がひくいほうが勝つわけよ。動揺しちゃいかんのね、たとえあいてがどんな女だろうと。ナンパっていうのはさ、ようするにあいてに穴があいてりゃいいわけで、どんなにインキだろうがいまにもジサツしそうだろうがしったこっちゃないのね。そうなるとふだんだったらぜったいにくちをきかないようなタイプの女ともやることがあるわけで、いままでしらなかったようなタイプの女にでくわすこともあるし、もしかしたら強烈にヘンな女にもであっちゃうことだってあるかもしれないけど、でもどうじてはならんのね。そもそもナンパのいいところっていうのは、やっちゃったあとも顔をつきあわせてくことになる女の子のばあい、たとえば予備校のクラスの女の子とかさ、そういう女の子のばあい、声をかけるまえにこっちもいろいろかんがえなきゃなんないわけよ。目的はけっきょくいつもおなじなんだけどさ、やることやりたいだけなんだけど、それがクラスメートなんかだったりするとやっちゃって用ずみになったあとでも顔をつきあわすわけで、そういうのってこっちはもう興味ないからツメたくするんだけど、タチがわるい女の子だといやがらせにいろいろされたりとかさ、しつこくクドクドいわれたりとかサメザメなかれたりとか、へたするとハライセに手首切ってジサツ未遂されたりとかね、そういうのがあるだろ、だからこっちとしてもより慎重にならざるをえないわけで、ああこいつは手首とか切りそうだなあとおもえばはじめから敬遠しちゃったりするわけで、そんなふうにシュシャセンタクっていうの、それをするんだけど、ああいうセックス民宿あたりだとそんなの関係ないわけよ。手首切りそうだろうがなんだろうがしったこっちゃないのよ、だってもう二度とあうことはないんだから。すきなだけヤリニゲしちゃっていいわけ。そういう事情だからさ、あとさきかんがえなくていいとなると、クラスメートだったらぜったい声をかけないような女の子にも声をかけたりするし、あみんなんかほら、こっちは一回かぎりのつもりでちょっかいだしたのに一生待たれたりしちゃったらもうネザメがわるくってしょうがないだろ、だからクラスメートだったらまず手はださないんだけど、これがどうせ二度とあうことはない状況ならガンガンやっちゃっていいわけだし、そうなるととうぜんちょっとくらいあぶなさそうな女にも声をかけるし、だっておれなんかあれだよ、こないだなんか、獣医志望だっていう沖縄出身の女の子とやったんだけど、そいつなんかすごかったよ、たぶんむかしからりぼんとか愛読しててそれを本気にしたまま育ってきちゃったんじゃないかとおもうんだけど、愛とか夢とか希望とか自由とか友情とか花とか星とか夕焼けとか、そういう世界に生きちゃってるわけよ。そういうのとも平気でやっちゃうおれのチンポコもどうかとおもうけど、まあ、そのときもいろいろタイヘンだったわけよ。だいたいそいつが獣医を志望してる動機っていうのがさ、なんとかいう飼ってたイヌが病気で死んで、それがあんまり悲しかったもんだから獣医をめざしてるっていうんだよ。だってさあ、イヌだよイヌ、あのケツの穴みせてそのへんのたくってるイキモノだイキモノ、そんなもんの病気を直してなにがうれしいんだかそういうキモチっていうのはおれにはサッパリわかんないんだけどね、でもやっぱり話はあわせなくちゃいかんとおもって、おれなんか瞳に星をふたつもみっつもかがやかせて、キラキラさせちゃってさ、愛とか夢とか希望とか自由とかを語っちゃったりしたのよおれも。「ぼくがいままで大切にしてきた、いちばんの宝物といえばやっぱり、ゆうじょうだなあ」とかさ、瞳かがやかして語るんだけど、語りながらおれも「おれはいったいなにをやっているんだろう?」なんて自我崩壊寸前になってっちゃうわけよ、だっておれなんかそれまでチンポコとオマンコと精液と愛液と粘膜の世界で生きてきたわけよ、それがいきなり愛と夢と友情を語るんだからそりゃアタマいたくなるのもわかるだろ? まあそんなふうにヤリニゲの道にもいろいろケワシイものがあるんだけどね、いったいいまおれ、なんの話をしようとおもってたんだっけ? わすれちゃったよ、はは。あ、きたきた、はい、カツ丼こっちです、さあくおう」

[14,11,1999]