とり  江戸川乱歩電車

 電車にのっていると、高等学校の制服をきた女の子がふたり、のりこんできた。秋のおわりの気持ちのよい午後で、お日さまの光がぽかぽかと車内にさしこんでくるなか、まばらな乗客たちは座席にこしかけてヒルネをしたり新聞をひろげたりしていた。電車がうごきはじめると、女の子たちはさっそくおしゃべりをはじめた。
「ところでさあ、『人間椅子』を書いたひとって、だれだっけ?」
「えっ‥‥だれだったっけ」
「ゆうめいなひとだよね」
「アケチくんとかのひとだよね」
「そうそうアケチくん。キンダイチくんじゃないほう」
「うう、だれっつったけなあ」
「だれだっけ」
「ううっ、ここまででかかってるのにい」
 おおきい声だった。しんとした車内にひびいていた。たぶん、だれもがこの会話をきいていた。おれもきいていた。そうしてそのうち、だんだんいらいらしてきた。

 「 江 戸 川 乱 歩 だ ろ っ 」

 そうさけびたい衝動をおさえるのに苦労した。のりあわせていたひとたちもみんな、おれとおなじ苦労をしているようだった。だれもが「江戸川乱歩」の五文字でアタマのなかをいっぱいにして、かたずをのんでなりゆきをみまもっている。われわれの「江戸川乱歩」という情念でみたされる車内。だが、娘どもには伝わらない。その午後のその電車は、そのようにはしったのであった。
 平和よきょうもありがとう。

[05,11,1999]