とり  サンキュー3

 おれの名は有賀泰三、あだなは? そうだ、サンキューだ。話はまだある。つづっとる人間があきるまでつづく。それまでは、おれの名は有賀泰三、あだなはサンキューだ。だが、つねにサンキューだったというわけでもない。おれの祖母によればおれは、女の子にかまわれやすいたちなのだそうだ。いいか泰三、おまえは女にかまわれやすいんだから気をつけろ、と祖母はよくおれにいいきかせた。じっさいにかまわれやすかったかどうかはともかく、そういえば、かまれたことはある。0歳のときである。おれがうまれたのとおなじころ、となりの家でも赤ん坊がうまれた。おなじ時期にひりでてきたふたりの赤ん坊はひとつのふとんにならべられ、なかよくねむらされていたという。そのようなある日、ふたりの赤ん坊がひとつのふとんにいたとき、かたほうの赤ん坊が、火がついたように泣きだした。なにごとかとかけよったおとなたちがのぞいてみると、もうかたほうの赤ん坊が、泣いているほうの赤ん坊の股間にかみついていたという。かみつかれていたのはおれである。かまれていたのはチンポコである。かみついていたほうの性別は女である。たぶん、うまれたばかりでも、チンポコには女をひきつけてやまないなにかがあるのだろう。だが、ちょうど歯がはえはじめた時期だったからこれはたまらない。そのままおれは病院おくりとなった。生死にかかわりはしなかったが、ひどく出血をしたらしい。精子もむろんかかわりがなかったが、とにかくえらく血がでた。おとなたちはずいぶんとあわてふためき、そうしてそれいらい、ふたりを同衾させるのはやめにしたという。男女0歳にしてふとんをともにせず、というわけである。もちろんおれには記憶はない。あとになっておとなたちから話をきかされただけだ。話をきかせるおとなは、かならずわらう。なかでも祖母はこの話がだいすきで、おれのかおをみるたび「チンチンはだいじょうぶか」とまがおでたずねた。それから黒い歯をみせてわらった。「泰三のチンチンはもう予約済みだからな」とも祖母はいった。となりの女の子は、おれのチンポコが彼女の独占のモノだと万人にしらしめるために歯形をつけたのだ、と祖母は力説をした。牧童が牛の尻に焼きゴテをあてるのとおなじだ、というのだ。それから、黒い歯をみせてさらにわらった。どうしてそうなんどでもおなじことでわらえるのかおれにはフシギだった。この説を信奉しつづけた祖母は、おれが二十歳のときに土間でたおれているところを近所の衆に発見され、ただちに病院にかつぎこまれた。入院して三日めの晩に祖母はアタマに血がのぼり、すきな民謡をベッドのうえでいくつもうたい、性器をぱかぱかさせるというフシギな特技を同室の入院患者の全員に披露し、全員の拍手喝采を浴びたのち、よくあさ死んだ。すぐにアタマに血がのぼるおれのくせは、この祖母からゆずりうけたものだとおれはかんがえる。その祖母が最期まで心配をしてくれたおれのチンポコに、かみつかれた後遺症はなかったが、歯形はのこった。高校にあがって修学旅行のときに、風呂場でチンポコをシャボンで洗っていたおり、ふとおれはこの歯形に気づき、となりでアタマを洗っていたシンジにみせた。シンジはおおいに感心をした。「女にかみつかれた傷跡だ。」と説明してやると、シンジはますます感心した。おおかたろくでもない物語を想像したのだろう。そこで「皮一枚でやっとつながっていたんだ。」とつけくわえ、チンポコをぶらぶらさせてやると、シンジは感心したあまり、あたりにいる連中をぜんぶあつめ、おれのチンポコの歯形をみさせた。一同おおいに感心をした。「女にかみつかれた傷跡だそうだ。」とシンジがとくいげに説明をすると、一同の目が尊敬の色にかわった。一同よほど尊敬をしたのだとおもう。それからしばらくおれはサンキューではなく、カワイチとよばれることになった。おれがサンキューいがいのあだなでよばれたのは、カワイチのこのひと時期のみである。サンキューとカワイチと、どちらがましかというのはむずかしい問題である。ともかく、おれをサンキューいがいでよばせてくれたこの歯形はいまもある。酒によっぱらったおりなどにおれはあたりにいる連中に歯形をみせてやる。性器を他人にみせる性癖も祖母ゆずりかもしれない。歯形をみせてやる。むかし女にかまれたんだ、皮一枚でやっとつながっていたんだ、と説明するとだれもが感心する。それからたぶん、だれもがろくでもない想像をはじめる。ろくでもない想像をよそにおれは、歯形を指のハラでこすり、それをつけた女の子についてかんがえる。なにしろそれは、おれのチンポコをくわえてくれたさいしょの女の子なのだから。あやうくさいしょでさいごになるところなのだったとしても。その女の子とはかみつかれてからずいぶんと時間がすぎたのち、再会をした。再会をして、やがてまたふとんをともにすることになった。いまだにともにしている。なぜなら、妻としてめとったからである。してみると、祖母の力説のあの予約済みがどうのという話は、あれはただしかったことになる。祖母はともかく、この妻とおなじふとんでねむるのはスリルがある。妻はとうに成人していて、健康なぴかぴかの歯がはえそろっている。寝ぼけたおりにこの歯でかみつかれたら、たまったものじゃないだろう。たしかにチンポコには女をひきつけてやまないなにかがある。それが成人の女ならなおさらだ。ましてや妻には前科がある。こんどは皮一枚どころではではすまないだろう。枕をならべているときにそんなことをかんがえはじめると、ねむるどころではなくなってくる。なんでそんな女を妻とめとってしまったのかというと、それはそれでまたべつの話である。サンキュー。

[27,10,1999]