とり  院進

 来春、大学を卒業する予定だという女の子と話す機会があった。
「それで、就職はもうきまってるの?」
「きまってないんです。妊娠にも失敗しちゃったし。」
 おれは、くわえていたタバコを床におとしてしまった。その女の子は、そういうことをいう女の子ではないとおもっていたからだ。あまりびっくりしていると彼女になめられてしまいそうなので「ふうん、そうなの」とアイヅチをうったものの、そのさき言葉がなかなかでてこない。だいたい「失敗」という表現が、なんていうか、アンマリだという気がする。妊娠って、失敗するものなのか? たとえそうなのだとしても、ほかにいいようはなかったのか? そんなふうにいわれてしまうと、なにかこまる。なにがこまるのかときかれてもますますこまるけど、とにかくこまるんです。
 というわけで、こまりながらもさらに彼女の話をきいていたんだけど、そこからさき、どうも話がかみあわない。どこか話がおかしい。勇気をふりしぼって「あのさあ、その話と妊娠と、なんの関係があるの?」とたずねると、こんどは彼女がびっくりするばんだった。よくよくきいてみると、たんなるおれのききまちがいで、彼女が失敗したのは「妊娠」ではなくて「院進」なのだった。大学院進学。略して院進。おれはすこし耳がとおい。
「なんでわたしが妊娠に失敗するんですか。それってどういうことですか。わたしのことをそんなふうにおもっていたんですか。それってひどくないですか。」ですかですかですかと彼女がフンガイするのでごめんごめんごめんとおれもあやまりつつ、すべてが誤解なのだとわかったおれはだんだんうれしくなって、いきる希望みたいなものがこうふつふつとわいてきて、おもわず「いやあ、よかったよかった」とくちをすべらせると「なにがよかったんですか、わたしの就職がきまらないのがそんなにうれしいんですか」と彼女はさらにイキドオるのであった。スマヌ。でもよかった。

[14,10,1999]