[2002年04月02日] 設楽
菓子パン・小倉アンドネオマーガリン(あさ)
麻婆春雨茄子定食(ひる)
ハンバーグ定食。ビール(ゆう)

 きみは「設楽」がよめるか。おれはよめなかったぞ。でもいまではよめる。よめないひとにおしえてあげよう。設楽は「したら」とよむのだ。おれがこのよみかたを会得するまでには、それはもうなみなみならない苦労があった。なにしろ正解をなんどきいてもおぼえられなかったのだ。せつらくじゃないことだけはわかっている。なにか意表をついたよみかたなことはわかっている。だがそれがなんなのかわからない。こないだひとにきいたばかりなのにおもいだせない。これ、なんてよむんだっけなあ。という設楽厄介の時代とでもいうべき時代がかつておれにはあって、しかもこの設楽というなまえの女の子がちょっと世間で話題になっていて、それでこまっていた。女性週刊誌の見出しなんかでこの設楽をみかけるたびに、あれ、これってなんてよむんだっけ、とこまっていた。さいしょは手近のにんげんに「なんてよむんだっけ?」とたずねることができた。すぐにおしえてもらえた。ところがこれが三回目になるとむこうの反応もつめたいものになってきて、「え、こないだおしえたじゃん、なんでおぼえてないのよ」と責めるようなめつきになってきて、五回目ともなるともうあきれはてられる。七回目ともなれば気のよわいおれはもうこわくてきけない。でもよめないものはよめない。おぼえられないものはおぼえられない。どうしたらいいのだ、となやんでいたら、知人が、そうしたらこうおぼえたらどうだ、とおしえてくれた。
「くりたくん、きみは高校生だとする。そしてきみにはおなじクラスにすきな女の子がいる。設楽さんだ。きみは設楽さんとやりたくてしょうがない。そんなある放課後、きみは設楽さんにだれもいなくなった教室によびだされる。なんだとおもっていってみたら、なんと設楽さんもきみがすきだというではないかっ。しかも、なんだったらやらしてくれるというではないかっ。むおっ、ときみがよろこんでいると設楽さんはじぶんでじぶんの制服のスカートをぺろりとめくりあげて、こうつぶやいたのだ。……したら?…」
 うおおおおおっっ。そのときおれのアタマのなかにはありありと放課後の教室の情景がうかび、「したら?」とつぶやく設楽さんの姿がうかび、たぶんそのときのおれの両目はらんらんとかがやいていて、そしてこうおもったのだ。た、たしかにこの状況をまるごとおぼえればぜったいわすれないよ、わすれたくったってわすれようがないよ。そしてじっさい、このおぼえかたをしていらい、もう二度と設楽がよめなくてこまることはなくなったという、バカだけれどもかなしいことにこれは実話である。しかもいまではなぜか設楽をみると放課後の教室がうかんでくるようになってしまったという、全国の設楽さんにはたいへん申し訳ないほんじつの講話をこれでおわります。すいません。

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