とり  雨を見たかい

 王貞治が756号のホームランを打った夏、新聞配達のアルバイトをした。王貞治が756号を打った翌日の朝刊もおれが配達した。やってみるとわかるのだが、新聞配達という仕事は、神聖な仕事である。その神聖な仕事をおれはしていた。高校一年生のときだ。
 六月にその仕事をはじめ、どうじに雨が降りだした。その雨は毎日降りつづいた。おそろしく雨の降る夏だった。空の底に穴があいてしまったのかとおもったくらいだ。七月になっても雨はやまず、八月になってもまだ降りつづけ、雨のなかでおれは新聞を配達しつづけた。これはおかしい、とだれもがいいはじめ、そのうちそのホコ先がおれにまわってきた。
「おまえが新聞配達をはじめて、毎日早起きをするから雨がやまないのだ」
「いいかげんそのアルバイトをやめろ、このままではせっかくの夏休みが雨のままで終わってしまうじゃないか」
 そうともだちにせめられた。おしまいには「洗濯物がかわかないじゃないか」と母親にまで小言をいわれるしまつだ。洗濯物がかわかない? ヌレギヌもいいところだ。そんなの、おれのせいであるはずがない。いくらなんだって、おれが新聞配達をしたぐらいで天候をかえられるわけがない。かわるわけがない。おれはそう信じて新聞をくばりつづけ、雨もまた降りつづけ、母親は小言をいいつづけた。
 九月になって学校がはじまるとおれはアルバイトをやめた。それとどうじにながい雨はぴたりと止んで、頭上には秋晴れの空がひろがった。いくら偶然とはいえ、あんまりである。あんぐりとくちをあけておれは空をみあげ「冗談だろう?」と問いかけてみたが、空はなにもこたえず、ただ雲が風にふかれて流れゆくのみだった。天気とはうらはらに、暗澹とした気ぶんで学校へいくと、あんのじょう「おれたちの夏をかえせ」とクラスじゅうにつめよられた。ひどい話だ。もちろんおれは「そんなのしるか」とつっぱねて、自動二輪の教習所通いをはじめた。その教習費をためるためにはじめた新聞配達だったのだ。
 でもほんとうは、認めたくないことではあったが、もしかしたらあれはおれのせいだったのかもしれない、とすこしだけおもう。ああまであからさまにぴたりと雨がやんでしまうと、さすがにおれも、すこし心配になる。C.C.R.のむかしの歌で「だれが雨をやませるのか」という意味のタイトルのやつがあったけど、もしかしたらそれはおれなのかもしれない。まさかなあともおもうけど。ちょっと心配になってしまった。


 とりあえず、その夏以来、新聞配達はしていない。だいじょうぶ、ことしもしていません。ほんとだってば。ぽいう。

[06,07,2000]