とり  沖山

→なんだよ。そんなおかしいか、このアタマ。そんな笑うなよ。けっこう気もちいいんだぜ、丸坊主ってのも、せいせいしてさ。ところで入学式はどうだった? そうか。それで女はいっぱいいたか? なにいいいっっ、クっ、クラスの九割が女だとおっ? そうか、ううむ。いや、いいよ、遠慮しとくよ。こんどこそおれは勉強に専念するから、戦線に復帰するのはそれからにするよ。来年おれの受験が終わってからにしてくれ。
→え? なんだ、やっぱし知ってんのかよ。誰に聞いたんだよ。っても、しぁべんのはあいつとあいつしかいないか。で、どんなふうに聞かされてるわけ。うえ〜、なんだよそれ、ぜんぜんちがうよそんなの。いや、そんななまやさしいもんじぁなくて。ちっ、しぉうがねえなあ、おれがちぁんと説明してやるよ。いいか、よく聞いてろよ。
→いまから二週間ばかりまえなんだけどさ、ヒロポンとあったわけ。あいつにあうのはわりに久しぶりだったんだけど、ヒロポンのアタマんなかにはおれが二浪して落ち込んでるっつう先入観でいっぱいみたいでさ。やたら神妙な顔つきであらわれて、おれにめっぽうやさしくしてくれるわけ。こいつはダメなやつだけど、それでもあたしはやさしくしてあげるんだからって感じで。使命感に燃えてて、なんだか妙にはりきっちぁってるんだ。
→もちろんおれは落ち込んでないよ。大学なんかに落ちたくらいでおれが落ち込むわけないだろ。それでもやっぱりヒロポンの気もちをないがしろにするのは悪いんじぁないかとおもってさ。せっかくだからおれもせいぜい落ち込んでるふりしてやったわけ。どうせおれなんか何をやってもダメなやつさって、すねたふりしてあげてたんだよ。もう、ヒロポンは、ここぞとばかりにおれを励ましたね。いろいろくさいこといってさ。まったくあいつって、ほんと単純なやつだよなあ。
→それでもおれがずーとふてくされたふりしてたら、ありきたりの慰めかたじぁダメだとおもったんだろうな。ヒロポンがおれを誘うわけ。「あたしんちいま誰もいないんだけど、こない?」って。「あたしんちでゆっくり話を聞いてあげるから、おいでよ」って誘うわけ。これってつまり、いまからやろうよってことだろ? まるでヒョウタンからボタモチじぁん。おれは「しめたっ」とかこころんなかではおもってたんだけど、もちろんそんなことはオクビにもださないで、うなだれてしぶしぶって感じで、電車に揺られてチバのヒロポンちまでいってみたんだ。でヒロポンの部屋にとおされて、そこでまたあれこれ慰められたわけだけど、そこでもずーとおれがふてくされてるふりしてたらさ。そのうちヒロポンが励ましつかれてサジを投げちぁったみたいで、おれにきいてきたんだよ。「どうすればあたし、沖山くんを慰めてあげられるの?」って。これって、催促だよな。おれもだんだん盛り上がってきちぁっててさ、悲しいんだよおとかなんとかいいながらヒロポンに抱きついてキスしたんだ。そして目で「いい?」って聞いたらヒロポンも無言でうなずくからさ。ヒロポンの服をぬがしたわけ。いや、ぜんぜん抵抗なんかしなかったよ。だってヒロポンはもう完全にじぶんの立場に酔いしれてて、われを忘れちぁってるからさ。うそなんていってねえよ、ほんとにぜんぜん抵抗なんかしなかったよ、あいつ。愛にみちた従軍看護婦みたいな気もちになってたんじぁないの。ヒロポンをハダカにして、おれもジーパンとパンツを脱いで、ヒロポンのうえにのっかったんだ。で、すきだよとかおれはやさしくささやいたんだけどね。ところがそういうドタンバになってんのにヒロポンときたらメンタマをカっと見開いてて、おれの背後をみすえてんだよ。その顔がただならなくてさ、まるでウメズカズオのマンガみたいにひきつっちぁってて、すくなくともこれから美しく結ばれようとしてる女の子の表情じぁけしてないわけ。おれも不審におもって、ヒロポンがなにを見てるのかとおもって、ひぉっと振りむいてみたらさあ。
→オヤジが立ってんだよ。ほら、れいの刑事だとかいうヒロポンのオヤジがさ。おっかない顔でおれをにらんでんだよ。だいたいあいつのどこが刑事なんだよ、あんなのどうみたってヤクザだよ。凶悪そうな顔つきといい、趣味の悪い背広といい、もうまんまヤクザが青筋たてておれをにらんでたんだよ。いや、にらんでるだけならまだいいよ、なんとオヤジは、両手でしっかりと、ピストルをにぎりしめて、いいか、ピストルだぞピストル、しかも銃口をぴたりとおれに向けてんだよ。おれに銃口を向けて、おっかない顔して立ってんだよお。そんときおれがどんなにびびったか、おまえにわかるか? 本物のピストルでねらわれてるときの気もちがわかるか? だってピストルだぞ、撃たれたら死んじぁうんだぞ。おれは小便をちびりながら、もうなにも考えられなくなって、その場にかたまっちぁったんだ。ヒロポンのうえで、動けなくなっちぁったんだ。
→だけどヒロポンはえらかった。あいつが助けてくれたんだよ。ヒロポンは「パパ、ヤメテー」って叫びながら、ハダカのままオヤジに飛びかかってったんだ。さすがにオヤジもじぶんのムスメを撃つわけにはいかなくて、それで親子で格闘がはじまっちぁったわけ。「離せっ、離さんかっ」「ダメっ、ダメっ、やめてっ」てなぐわいにさ。格闘しながらヒロポンは「逃げてー、沖山くん、逃げてー」っておれに叫ぶんだ。それでおれもわれに返って、ヒロポンとオヤジがもみあいながらドタっとたおれたとき「いまだっ」とばかりに逃げだしたわけ。
→クツもはかずにヒロポンの家を飛びだして、しばらくは無我夢中で走ってたんだけどね。なんか雰囲気がヘンなんだよ。なんか下のほうがスースーして、内股のあたりにピタピタあたるもんがあるわけ。おかしいなとおもって、なんの気なしに下のほうをみおろしたらさ。うん。泣けてきちぁうだろ? つくづく悪いことって重なるもんだろ? そうなんだ、すっぽんぽんだったんだ。なーんもはいてなかったんだ。ジーパンとパンツをヒロポンの家に脱ぎ忘れてきちぁったんだ。
→ゲとかおもっておれはふたたびその場にかたまっちぁったよ。だっておまえ、そのときのおれの気もちがわかるか? 町なかでとつぜん、じぶんがフルチンだってことに気づいたときの気もちがわかるか? おれは文字どおりトホーにくれたよ。おまけに財布はジーパンのポケットにいれてあるから、カネもまるでないんだ。かといって、いまさらおめおめとヒロポンちにもどるわけにもいかないし。おれはほんっとーに困りはてちぁって、ジサツしたくなっちぁったよ。でもフルチンのままじぁ死んでも死にきれないとおもいなおして、まだあきらめるのは早いとおもいなおして、もう祈るような気もちで上着のポケットに手をいれてみたんだ。そしたら、地獄にホトケつうか、ありがたいことに十円玉が何枚かでてきたわけ。ただの十円玉なのに、そのときのおれにはそれが、なににもまさるこの世で最上のたからものにみえたね。それをにぎりしめて電話ボックスにはいって、まずくりたんちに電話したんだけど、いないっていうだろ。それでこんどはモラシタに電話しようとおもってさ、ほらあいつってチバにすんでるとかいってたし。ところが気があせってたみたいでさ、二回も間違い電話しちぁって、そしたら十円玉が残り一枚になっちぁってさ。おれはぶるぶる震える指先で電話のボタンを押したよ。こんどこそぜったいに間違えないようにって、なんどもなんども確認しながら。もしあれでまた番号間違えてたりしたら、たぶんおれはほんとにジサツしてたろうな。電話して、受話器からモラシタの声が聞こえたとき、おれにはそれが女神様の声におもえた。いやほんとに。
→モラシタはすぐに迎えにきてくれたよ。おれの姿にたまげてたみたいだったけど、まあ無理もないよな。モラシタのクルマに乗りこんだとたん、安心しておれはアタマがぼーとしてきて、それからのことはよくおぼえてないんだ。気がつくとじぶんのアパートに帰っててさ。モラシタがいれてくれたお茶をのみながらやれやれとかおもってたら、ほっとする間もなく、こんどはそこにおふくろが怒鳴りこんできやがったんだよ。ヒロポンのオヤジがどう調べたのか、さっそくおれの家に電話したらしいんだな。「おたくのムスコはうちのムスメをゴーカンしました」って。いいか、ゴーカンだぜ、ゴーカン。やんなっちぁうよなあ、どおこがゴーカンなんだよ、ヒロポンはうれしそうにあしをひろげてたんだぜ、しかもおれは先っぽもいれてないんだぜ。ひでー話だよ、おれのことだけ悪者にしようとしやがってよお。だけどおふくろときたらゴーカンつう言葉にショックを受けて興奮しきっちぁってて、おれの話なんてまるで聞いてくんないし、仕方なくおれはずーと土下座してたんだ。それでもおふくろはぜんぜん怒りがおさまんなくてエンエンとわめきちらしてくれて、わめきくたびれるとこんどはサメザメと泣きはじめちぁってさ。おれも泣きたかったよ。
→そんなわけでおれはかんぺきにおふくろに信用をうしなっちぁって、アパート暮らしなんてとんでもないってことになって、田舎につれていかれたんだ。え、おまえあそこいったの? いつ? あ、いないいない、だっておれはその日からずーと田舎にいたんだから。あのアパートはもう引きはらっちぁったよ。いろいろおもいで深い部屋だったのになあ。
→で、田舎につれてかれて、まずやられたのがこれ。このアタマ。バリカンできれいに刈られちぁってさ。それから説教。オヤジとおふくろがいれかわりたちかわりで三日三晩説教。それがすむとこんどは家族のつめたい視線ね。おまえゴーカンしたんだろっつう視線。これがまたたまんないんだよ、とくに中学生の妹がさ、わりとおれになついてる妹だったんだけど、もうおれのことをてんで相手にしてくんないんだ。完全に毛嫌いされちぁっててさ、きたないものでも見るような、嫌そーな目つきでおれのことみるわけ。妹だけじぁなくて、弟も兄貴も兄貴の嫁さんもオヤジもおふくろもじいちぁんもばあちぁんも、イヌのジローまで、みんながみんなつめたーい目つきでおれをみるわけ。家族んなかには誰ひとり味方んなってくれるのがいなくてさ。それでおれ、もう耐えきれなくなっちぁって、家を飛びだしてここにきたってわけなんだ。
→それで頼みがあるんだけど。とうぶんここにいさせてくんない? だいじぉぶだいじぉぶ、カネはあるから、ほら。仏壇からくすねてきたんだ。これだけあればおれはなんとかなるから、いさせてくれるだけでいいから、ぜったいぜったい迷惑はかけないから。だっておれ、誓ったんだよ。くりたんとこでいっしぉうけんめい勉強して来年大学に入学して、家のやつらをあっといわしてやろうって、誓っちぁったんだよ。だからさあ、くりたくうん、頼むよ、ここにいさせて。おねがい、いっしぉーのおねがいっ。

[10,06,2000]