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白都さんは予備校にこない。
ホタホタは週にいちどくらいずつやらしてくれる。
そうしてヒロポンが、備中をつれてときたま予備校にあそびにくる。
「ハイホ〜」が「じー」をつれてやってくる。
やってきた「ハイホ〜」は「じー」をおれにおしつけて、じぶんはいつもどこかにあそびにいってしまう。
おしつけられたおれは途方にくれる。
備中は、どうやらわるいやつじぁないんだけど、なにしろ口数がすくなすぎる。
ヒロポンみたいに、ひっきりなしにしぁべって、相手がきいてるかどうかは二の次で、とにかくじぶんがしぁべりさえすればそれでいいというのもどうかとおもうけど、でも、あんまりしぁべんないっていうのもこまる。
それでも、まいったなあとおもいながらもおれは、ちぁんと備中の相手をしてたんだ。
相手してて気がついたんだけど、備中っていうのはフシギになるくらい、勉強にかんしてはなんでもしってるやつでさ。
どうせだからおれは、備中に勉強を教わることにした。
備中は備中で、だれかの相手をするのがよっぽどめずらしかったんだか、それともうれしかったんだか、しっかりとおれに勉強をおしえてくれたんだ。
そのうち備中もおれになついて、世間話もするようになってきた。
まあこれはこれでいいか、ふだんは予備校の女をからかって、ときたま備中に図書室で勉強をおそわって、そんなふうに大学受験までをのりきるかときめたやさき、勉強のあいまに、
「今夜はおとうさんとおかあさん家にいないの」
と備中がいいだした。
「なんで」
「わたしをおいてふたりで旅行にいってしまったの」
「つれてってもらえばよかったのに」
「おとうさんとおかあさんはわたしを嫌ってるの」
「なんだよそれ」
「おとうさんとおかあさんはいつもわたしをいじめる」
「ひでえ親だな。こんどいじめられたらおれにいいなよ。たすけてやるから」
「うん。ありがとう」
「今夜もたすけてやるよ」
「なんのこと」
「だって今夜はおとうさんとおかあさんがいないんだろ。だいじぉうぶかよ」
「だいじぉうぶだよ」
「そんなこといってもし幽霊とかでちぁったらどうすんだよ。ついさいきんもともだちのアパートにでちぁってさあ、すううげえこわかったんだぜほんとにこわいんだぜ小便ちびっちぁうんだぜおばけってほんとに」
「‥‥‥」
「備中なんてひとりじぁトイレにもいけないんじぁないかこわくて。そういうときはおれがドアの外で歌でも歌っててやるよ」
「ありがとう。やさしいね」
「それほどでもないよ」
「わたし、ひとにやさしくしてもらったことなんてないからうれしい」
「んなおおげさに感謝しなくていいって、いつも勉強みてもらってるし、たまにぁおれにも恩返しさしてくれよ」
ってなわけで総武電車と京成電車に揺られておれは備中のまちへいくことにした。
ところが備中のまちの駅で電車をおりて、背後霊みたいにおれのうしろにぴったりとへばりついてくる備中の案内というか、指示にしたがってあるくうち、なにやらえらくイヤ〜な気ぶんがしてきてさ。
まわりのケシキが、どうもみおぼえがある。
な〜んだここわ〜、な〜んかしってんだけど〜、ついでにな〜んかす〜ごくイヤな気ぶんがすんだけど〜、な〜んだっけなあとなやみながらあるいてるうちに備中の家についた。
その家というのが、それはもう、じつにたのしい家で、まず庭には木がジャングルみたいにウッソーとおいしげってて、しかもその木々のあいまからなにやらわけのわかんないモノがずらずらとおっ立ってるのがみえる。
なんだこりぁとよくよくみると、どうやら標識らしい。
さらによく目をこらすと、
→BERLIN8900km
とある。そのよこに
→PEKING2100km
とかいうのもある。そのむこうに
→PARIS9711km
というのもみえる。
「なにい?」とかおもってあたりをぐるりとみわたすと「→CAIRO9550km」だの「→LONDON9560km」だの「→SYDNEY7831km」だのというのがずらずらと立ち並んでる。
ねえ、民家なんだよ?
にっぽんのチバ県のありきたりのふつうの民家の庭に
→BERLIN8900km
なんだよ?
おれはもう、精液が脳みそに逆流してくるおもいがしたね。
「ねねねねねねえ、っこっ、これ、なに?」
「道標」
「そっそれはわかるんだけど、だっ、だれがいったい」
「おとうさん。おとうさんこういうの好きなの」
「おっ、おとうさんてなにやってんの」
「高校の先生。地理の」
「‥‥‥‥」
「びっくりした? じぁもっといいのみせてあげる。あがってあがって」
「おじぁまします」
「ほら、こっちきてこっち、この部屋がすごいんだよ、なかにはいって」
「どれどれ‥‥むを? なっなっなっ、なんじぁあああああこれあああ」
備中に案内されてはいったその部屋のカベのひとつにはもう無数のわけのわかんないちいさなくすんだ色のナニカが付着しててさ。
そいつがすきまなくカベをびっしりと埋めつくしてんだ。
「こっこっこっこっ、これぁいったい」
「みのむし」
「みっみっみっ、みのむしってあんた、だれがいったいこんな」
「おかあさん。おかあさんはみのむしが好きなんだ」
「好きったって、こりぁちぉっと‥‥」
「すごいでしぉ?」
「すごいつうかなんつうか‥‥」
「みのむしにはさわらないでね。おかあさんが怒るから」
「だれがさわるかこんなの」
「でも、なれるとかわいいんだよ」
「‥‥なんか、おまえのおとうさんおかあさんてすこしかわってんな」
「かわってないよ。ふつうだよ」
「そうかあ?」
「ふつうだってば」
「おかあさんてなにやってんの」
「生物の先生」
「へ」
「生物の先生」
「‥‥‥とにかくおれはもうここはいい」
「じぁあたしの部屋にいこう」
父親は道標だし母親はみのむしだしこりぁムスメの部屋からもなにがでてくるかわかったもんじぁないぞとおれはすこしびびりながら備中の部屋にとおされたんだけど。
ありがたいことにそこはあたりまえの女の子の部屋でさ。
「ここだよ、おとこのひとがはいるのはくりたくんが初めて」
「ありがとう。ここにすわってもいい?」
「うん。どうぞ」
わけのわかんないものを大量にみせられて、もう精液が鼻から噴きでてきそうなほどメマイがしてたおれはベッドに腰をおろして、ひといきいれて、さっそくやることだけやっちぁっとくことにしたんだ。
「あのさあ」
「なあに」
「ちょっとおれのとなりにすわってくれる?」
「こう?」
「そしたら目をとじる」
いわれるままにおれのとなりに腰をおろして目をとじた備中におれはキスをした。
それからシャツのなかに手をいれておっぱいをなでてやったんだけどね。
なんだかようすがおかしいわけ。
まるでクワとやってるみたいな、なんていうか、ぜんぜん反応っていうか、手ごたえってものがないのね。
おまけにそのうちヒイヒイなんて音がきこえだしてさ。
はじめは備中がよがりだしてあえいでんのかなあなんておもったんだけど、それにしちぁ反応ってものがカイムだし、そのうちだんだん音がでかくなってきて、なんかヘンだぞと唇をはなしてうす目をあけてみてみたらさ。
備中ときたら、泣いちぁってるわけ。
お面みたいに表情をくずさないで、ナミダだけ流してるわけ。
最初にヒロポンに紹介されたときみたいな、またあのナミダを流すマネキンになっちぁってるんだ。
うわ、なんで泣くんだよ、なにが気にいらないってんだよこのクワ娘はよ。
そりぁたしかにおれもキスまでの過程をはしぉったよ、めんどくさかったからはしぉっちぁったよ、それはおれがわるかったよ、あやまる、おれがわるかった、ごめん。
でもさあ、いきなり泣くこたないだろいきなり。
泣くなら泣くでそこまでの過程つうものがあるだろ、いきなりナミダながすかよおまえ、それはヘンだろう。
とかおもいながら備中をながめてたんだけど、備中はいつまでたってもマネキンのまんまでさ。
ここはひとつかるくいいきかしとくか、いぬっていうのは悪いことをしたときはその場ですぐに叱らないと、あとになって叱ってもなんで怒られたのかわかんなくていつまでたっても学習しないっていうしな、とばかりにおれがくちを開きかけたそのときさ。
とつぜんなんのまえぶれもなく部屋のドアがぎいいいなんて開けられて「ジュンコちぁん、大丈夫?」とかいいながら、ば〜さんがはいってきちぁったんだ。
このあまりにとうとつなヤブからバーにおれなんかもう「へ」のカタチに口をあけたままば〜さんをみつめるだけだったね。
おまけにそのば〜さんていうのが、そのまるで使い古した備中グワのジバク霊のような姿っていうのが、もうなんの説明をうけるまでもなく備中のば〜ちぁんでさあ。
おいおいおいおい、なんだよこのば〜さんはよ、備中が「きょうはおとうさんとおかあさんが家にいない」つうから、そんでハルバルこんなチバくんだりまででかけてきたわけだよおれはよ。
それなのになんでば〜さんがでてくるんだ?
まさか「おとうさんとおかあさんはいないけど、おばあちぁんはいるの」とかいうオチなんじぁねえだろうなっ、おいっ。
おまえ、そんな話が世の中とおるとおもってんのか、おいっ。
だいたいこのババアは、なんでこんなうまいタイミングで出現できるわけ?
なんでこんなつごうよくでてこれるわけ?
さてはババア、てめ〜、ドアのむこうで聞き耳たててたなっ。
それともカギ穴からなかのぞいてたんじぁねえだろうなっ。
えっ、どうなんだ農器具っ、なんかこたえろおいっ。
っとまあだいたいこれくらいのことをぜんぶ表現した顔でおれはば〜さんをにらんでやったんだけどさ。
ば〜さんはぜんぜんひるまないで、それどころかおれのことなんてぜんぜん無視したまんま、
「ジュンコちぁん? ジュンコちぁん? 大丈夫? 大丈夫?」
とかウワゴトみたいに備中につぶやいてるんだ。
いきなりば〜さんが出現したもんだから備中もマネキンを解除して「おばあちぁん‥‥」とか言葉をはっしたんだけど、そしたらババアは、
「ひどいことされたのかい?」
だって。
おいおいおいおいおい、ちぉと待ってくれよちぉっと。
その「ひどいこと」っつうのはなんなんだよ「ひどいこと」っつうのは。
まだやってないだろ、まだ。
いや、たとえやってたにしても、おもうさまフルコ〜スやってたにしてもだ、それのどこがひどいんだよどこが。
だいたいば〜さん、あんた、子供うんでんだろ子供。
それどころか、孫までいるじぁねえか。
その、情緒のいちぢるしく欠落した孫グワにここでひとつ、どうやって子孫を繁栄させるかの手法つうか、こころがまえをレクチャーするために、みるにみかねてあらわれたっつうんならおれもわかるよ。
あらあら泣きだしちぁったわねえ、ちぉっとごめんなさいねえ、いまこの子にいってきかせますからね、あのねえジュンコちぁん、なにもこわがることはないのよと、安心してこのやさしそうなおにいさんにからだをまかしておけばいいのよと、そう説教をたれるためにあらわれたってんならおれだって、それは感心なこころがけだとなっとくもするよ。
それがいうにことかいて「ひどいこと」つうのはなんなんだよ「ひどいこと」つうのは。
あのなあ、だいたいなあ、女の子が「きょうウチにはおとうさんとおかあさんがいないの」と男の子にいうときは「きょうはセックスしましぉうね」って、そういう意味なんだ。
それはもう、日本国じう、どこにいったってそういう意味なんだ。
それともなにか、チバは日本じぁないのかっ。
アホダラチバ農器具共和国だかなんだか、そういうくにでもあるのかっ。
えっ、あるのかおいっ、ど〜なんだっっ。
おもわず逆上しておれはそうといつめてやろうとしたんだけど。
うん、いおうとしたんだけどもね。
ところが、なんかどうも、そういう状況じぁないみたいなのね。
気がつけば、クワば〜さんとクワむすめがふたり結託して、モスラの幼虫が糸をはくみたいにおれをみつめてるのよ。
その視線ていうのがあんまりブキミで、おれのチンポコはもう、ゆですぎたスパゲティーみたいにグニョグニョになってっちぁったよ。
「すみませんねえ、ジュンコのぐあいがわるいみたいなので、きょうのところはおひきとりいただいてむにぁむにぁ」
とかなんとかそこでば〜さんがネゴトみたいにいいだしたんで、それはおれとしてももうのぞむところだったんで、とっととバケモノ屋敷をおれはあとにしたってわけなんだけど。
♂
それから一週間ばかりがすぎた。
おれは沖山のアパートのめだか荘にいて、そろそろ夜もいいアンバイでふけてきたんで、ふたりで歌舞伎町にナンパしにいこうぜなんて銭湯いってチンポコをようく洗ってアパートにもどると、共同のピンク電話が廊下のおくでなりだして、さいしぉに沖山がよばれて、それからおれがよばれた。
「おい、くりたあ、おれじぁねえよ、おまえにだよ電話」
「電話あ? なんでおれに? イナカのば〜ちぁんでも死んだか?」
「ちがうよ。ぜんぜん話わかんねえんだけどよ、とにかくでてくれよ。興奮してるみたいだから気をつけろよ」
気をつける? なにを気をつけるんだ? とかおもいながら電話にでると、ヒロポンでさ。
「もしもしい? もしもしい? ちぉとお? マロンタあっ?」
「うん、そうだけど。なに?」
「あんたねえ、どういうつもりなの、いったいなにをやらかしたのよっ」
「やらかした? おれ、なんかしたっけ?」
「備中だよ、備中っ」
「備中? ああ、そういえばあいつ、さいきん予備校こねえなあ。どうしたんだろ」
「どうしたもこうしたもないよっ。また備中がおかしくなっちぁったんだよっ。さっき家にいってたしかめたら、備中のおばあちぁんがいうには、あんたが備中の部屋にいってからおかしくなったって話じぁないっ。あんた、あんたねえ、備中はねえ、ああいいや、いまからあたし、そこいくから、いまからいくから、一時間でいくから待ってなさいっ、いいね、ぜっったい待ってろよ、てめええっ、ガチャ」
あらららら。
たしかになんかぜんぜん話がわかんねえけど、あやしげな雲行きだよなあこれ。
とかマユをひそめながら部屋にもどると沖山がにやにやわらっててさ。
「どうしたんだよ、タイヘンそうじぁねえかよ、うひひ」
「おまえ、顔がうれしそうだぞ」
「いやいや、うれしくなんてねえよ、心配してるんだよ、うひ。ビッチューがどうのとかいってたけど、ビッチューってあれだろ、おまえが図書室で勉強おそわってた、あの顔色のわるい女だろ。おまえ、あいつになにしたんだよ。おれにも説明しろよ」
「説明もなにも、おれにもなんのことだかわかんねえよ。だいたいなんにもしてねえんだからよ」
「ほんとかよ」
「ほんとだよ。備中がヘンだとかなんだとかいってたけど、ありぁもともとヘンなんだよ。もとからおかしな女をあてがっといて、おかしくなったのをおれのせいにしようなんて、ふざけんなっつうの」
「うむ、それはいかんな、じつにいかん、うむ」
「リクツがとおらないのもホドがあるよ」
「なにしろヒロポンだからな」
「おまけにいまからくるとかいってた」
「なに?」
「これからここにくるから待ってろってさ」
「くる? ヒロポンが?」
「うん。だからはやく歌舞伎町いこうぜ」
「へ? だって、くるんだろ、ここに」
「だから逃げるんだろ。おまえだってヒロポンが怒ってるみたいなの、わかったろ?」
「わかったけど、でも、いいのか?」
「いいんだよ、どうせあいつのことだから一晩ねたら忘れるだろ」
「そうかなあ。あいつ、怒るとけっこうしつこいぞ」
「そしたらあしたも逃げるからいいよ。さ、いくぞ、ナンパだナンパ」
「まあ、おまえがいいならいいけどさあ」
「さあはやくしろよ‥‥あ、ちぉっと待って。ついでだからヒロポンに書き置きのこしてくよ。ほりほり(書いたおと)。よし、これでいいや。これをドアにはっとこう。そのセロテープとって」
「‥‥? こりぁなんのことだ?」
「こうかいときぁおれたちがいないってのがヒロポンにもすぐわかるだろ?」
「わかるかなあ」
「わかるって。じぁいこうぜ」
そんなわけでおれたちはドアに紙を一枚はりつけて、夜の歌舞伎町にくりだした。
その紙にあった三文字というのがこれ。
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