とり  ハイホ〜

 そして、わたしは彼を気の毒に思う。十六のころの自分がどんなふうだったかをまだおぼえているからだ。あんなふうに興奮するのは地獄である。当時もいまとおなじように、オルガスムはなんの解放も与えてくれなかった。オルガスムから十分後には、なにが起こるか? もう一度やらないと気がすまなくなる。おまけに、宿題がある!

「ガラパゴスの箱舟」カート・ヴォネガット/浅倉久志訳



じぁ話をはじめる。
どうしておれが純愛の白都さんにふられてしまったのかというたいへん悲しいお話をはじめる。
だからメロス、ティッシュの用意を忘れずに聞いてくれよな。
いやいやいや、コンドームはいらないんだ、ティッシュだけ。
ティッシュだけでいいんだ、うん、それだけ。
用意できた?
うん、じぁ話をはじめる。
沖山ってのはこないだも話したけど顔だけはいいからさ、バーな女がひっかかってくるんだよわりと。
おれが予備校で白都さんにちぉっかいをだしてたころ、沖山がどっからともなく調達してきて相手してたのは、としはおなじなんだけど身分は大学生でさ。
おれがその女に紹介されたのは、予備校のそばのトロワバグって喫茶店なんだ。
その日沖山は彼女とそこで待ちあわせしてて、誘われておれがのこのこついてくと彼女はもう来ててさ。
奥の席にひとりでちぉこんと腰かけて本を読んでたんだ。
それが、遠目でみてもなんか、ひかってるんだよ。
雰囲気がぴしっときまってるわけ。
うわとか思いながらちかづいてみると、これがちかよればちかよるほどきれいでさ。
おれなんかもう、大学の入学試験を受けるときよりも緊張しちぁって、意味もなく髪の毛を手でとかしたりしたね。
椅子にすわるとさっそく沖山が紹介してくれたんだ。
「こいつが高校んときからの友達でくりたってんだ」
「どどうもはじめましてくりたですほんじつはおひがらもよくおあいできてこうえいにぞんじますぽいうぽいう」
おれは目いっぱい礼儀ただしくお辞儀をしたもんだよ。
ところがフカブカとさげたおれの後ろアタマへの彼女の初対面のご挨拶はこうさ。
「ハイホ〜ッ」
おれのアタマはがくっとそのまま落下してってテーブルにごつっとぶつかったね。
「へえこのひとがくりたくんなのねえ、よく聞いてるよ沖山くんから。ねえなんかあだ名をつけていい? ううむ、そだ、マロンタなんてどお? ほら、栗じぁなくってマロン。ははは、なんかスケベっぽくていいよね、ねえ、そう呼んでいい、マロンタくん」
「まろ‥‥」
「ああそうだそんなことよりもねえねえきいてよ、あったしきのうさあ、ユメをみたんだけどさあ、うん、ユメ、眠ってるときにみるやつ、みたんだけどさあ、あたしは高校生でなんでだかしんないけどセーラー服きてて教室のじぶんの机にいたのね、横にカバンがぶらさがっててさあ、なにげに中をのぞいたら、缶ビールがはいってんのよお、高校生なのに教室にビール持ちこんじぁっててさあ、やべえなんてあせってたら目のまえに先生がたっててさあ、缶ビールに気がついてあたしをにらんでるのね。そんでその先生っていうのがあ、横山やすしなのよおっ、アオスジたててあたしのこと怒るのよお、なんじぁあこらあおどれあナメとんのかああって怒んのよお、もうおっかなくってさあ、ごめんなさいごめんなさいって謝ってるとこで目がさめたんだけどこれってなんかあらわしてんのかなあ、あたしってなんかナヤミあんのかなあでもねえ‥(以下略)」
立て板にガソリン流して油紙に引火さしたみたいにこの女はこの調子でひとりでしぁべってひとりで質問してひとりでこたえてひとりで納得してまたひとりでしぁべくりだすのね。
これはもう、だれだって圧倒されるよな。
ただでさえおれは「ハイホ〜」に完全殲滅されちぁってるし、だから喫茶店のテーブルにつっぷしたまま、右の耳から左の耳へ通りすぎてく彼女の言葉に脳みそを洗浄されてるだけだったんだ。
でも、ほんとにたまげたのはそこをでたときさ。
喫茶店のなかは暗いし圧倒もされてたから気づかなかったんだけど、外にでたとたんおれはぎょっとして口がポカンとあいちぁったよ。
彼女のスカートときたらさあ、もう、みじかいなんてもんじぁないんだ。
もう、パンツが見えてんだよ。
それはもう、腰にまいた一枚の布きれみたいな感じでさ、たんなるぴらぴらって感じで、なんつったいいのか、もう、スカートの用をなしてないんだよ。
道ゆくひとがみんな「をを?」と振り返るくらいさ。
みじかいんだよ。
あんぐり口をあけたままパンツを眺めてるおれに、彼女は優しく教えてくれた。
「なあにみてんのよおマロンタくん。ああ、これかあ、あのねえ、総武線てさあすごいのようチカンが。ほとんど毎日なのね。ひどいときなんか一日になんかいもあっちぁってさ、あたしも悩んでたんだけど、そしたらお父さんが教えてくれたの、すごいみじかいスカートはいてるとチカンてかえってよりつかないんだって。そんなもんかなあと思ってためしてみたのねそしたらねえきいてきいてほんとにすっごく減ったのよお。もううーれしくてさあ。だからこれははくしかないの」
んなバーな話あるわきぁねーだろだったらこんどはパンツ一丁で、いやいっそのことスマタで総武電車乗ってみやがれっつうの。
おれはただちに心んなかでそうつっこんだんだけど、おれってほら女の子のいうことにはとりあえずうなずく性質だから。
「へええ、それって盲点だなあ、ふうん勉強になるなあ、でも女の子ってタイヘンだよね、チカンとかさ」
「そうなの、ほんとやんなっちぁうんだよね、毎朝毎朝。あたしがケージのムスメだと知ったうえであたしのおしりさわってんだろうなとかいってやりたくなる」
「ケージ?」
「うん。ケージ」
「ケージって、あの、ヤマさんとかチョーさんとかの、あれ?」
「あのケージ」
「みじかいスカートはくといいって教えてくれたのもケージ?」
「ケージ」
「‥‥‥」
もはやなにもいうことがなくなってパンツをみつめるだけのおれに
ケ〜ジ 「んっふっふ、ハイホ〜」
ってほほえんでくれたこのパンツ女が世の中をややこしくするために口から生まれてきたチバ女2号、ヒロポンなんだね。
でこのヒロポンが通ってた学校てのがおれたちのイモヅル予備校とは目と鼻の下くらいの距離なもんだから、まいんち予備校に遊びにくるわけ。
とてつもなくみじかいスカートでパンツを見せて「ハイホ〜」って調子で遊びにくるわけ。
もちろんあっというまにヒロポンは予備校界隈のス〜パ〜☆スタ〜さ。
「イモヅル予備校の生徒であの女のパンツをみたことのない奴はいない」
噂が噂を呼んじぁって、近所の専門学校とかなんだとかの男たちまでゾロゾロとヒロポンのパンツ見物に予備校にくるようになっちぁってさ。
おまけに困ったことには予備校のバカな女たちが妙に対抗意識を燃やしちぁって、みんなで競いあってみじかいスカートはいてくるようになっちぁってさ。
予備校の中庭はいきなり女の子たちのパンツが咲き乱れちぁったんだ。
おれいまでも思うんだけど、あれってもしかしてヒロポンのオヤジのいい加減な一言がきっかけでうまれちぁった流行なのかなあほんとに。
そう考えるとなんだかアタマ痛くなってきちぁってさ。
これだからおれ、ときどき世の中って信じらんないんだよ。
べつにかまわないんだけどね。


[09,04,2000]