とり  悪趣味のパワー

 神保町の街をあるいてると、「ビジツの本がほしい」と連れの女の子がいいだして、それで三省堂書店にはいった。彼女はサルバドールダリだとかエドワルドムンクだとかの画集のならんだ本棚をまっすぐにめざし、そこから一冊とりだしてながめはじめた。おれはおとなしく彼女のよこに立ち、目についた「藝術新潮」という雑誌のバックナンバーを手にとった。たしか『悪趣味のパワー』という特集号で、ページをめくってもめくっても悪趣味の連続で、すぐにおれはそれにひきこまれてしまった。「あふ」だの「えふ」だのと奇声を発しながら読みすすめていたのだが、そのうち我慢できなくなってかたわらの彼女に、「みてごらんよ、これはすごい」とその雑誌のページをさしだした。けれど彼女はかすかにうなずくだけでほかに反応を示さない。おれはがっかりして本をひっこめ、またページをめくると、きわめて悪趣味な写真にでくわした。「しゃあ」おれは声をあげ、「これはあんまりだ」といいながら彼女にその写真をみせた。だけど彼女はしらんぷりしてる。「なんか変だ」という気がして、それではじめて横に立っている女の子をしみじみたしかめると、そこにいたのは、まったくしらない女の子だった。しりあいの女の子とおなじような髪型をして、おなじような色の服をきてるんだけど、ぜんぜんちがう女の子だった。おれが『悪趣味のパワー』に熱中してるうちに、いつのまにかいれかわっていたのだ。おれはときがとまったような気がした。女の子もまた、おれみたいな風体怪しげなジンブツから『悪趣味のパワー』をつきつけられて、凍結しちゃってるみたいだった。そのようにふたりして、「‥‥」という雰囲気で、『悪趣味のパワー』をなかだちにして無言のまま対峙してるのだった。おまけによくみると、女の子はからだをわずかだがおれからそむけるようにしてて、「いつでも走って逃げる準備はできてます」といいたげな体勢なのがまた泣かせる。そのようにおれたちは三秒ほど、じんせいの深い井戸のなかを覗きこむようなひとときをすごして、それからハっと我に返ったおれは『悪趣味のパワー』をとじてもとにもどし、「ああ、ええと、あの本はどこにあったけなあ」などとわけのわからんことをつぶやきつつフラフラフラフラさだまらぬ足どりでその場を離れたのであった。

[20,12,1999]