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→オーケー、たまには番組に届いた手紙を紹介することにしよう。「悩める1セント」さんから相談のお便りだ。お便りありがとう。さっそく読んでみる。

 前略、いつも放送を楽しみにしている三十代後半の主婦です。年上の夫と二人の娘がおります。じつは私には現在、悩みがあるのです。あまりよそ様に相談できるような悩みではないのですが、思い切ってペンをとりました。それというのは、最近、夫の様子が変なのです。昔からあまり本など読まない夫だったのですが、近頃になってムラカミハルキという作家の本に凝りだし、しじゅうそのひとの本を読んでいます。それだけなら別に構わないのですが、以来、言動が妙なものになってしまいました。38歳にもなったというのに、高校生の男の子みたいに髪を短く刈り上げて、ボタンダウンのシャツを着て、白いバスケットシューズをはいたりしています。そして、自分を「僕」と呼んだり、なにかにつけて「そうだろう?」と言ったりします。「オーケーわかった、僕達は他人じゃない。いいかい? 僕達は他人じゃない。こうしよう、君に僕のぶんのぎょうざをあげるかわりに僕は君のしゅうまいをいただくことにする。それはじっさいのところ、そんなに悪い取り引きじゃない。そうだろう?」といった調子です。これは、先日中華料理店で食事をしたときに、夫が小学生の長女に言った言葉です。長女は目を丸くして驚いたあと、箸を床に落としてしまいました。また、先日我が家の金魚が一匹死んでしまったとき、家族でそれを庭に埋めたのですが、そのときも、変なことを口走っていました。「哲学の義務は、誤解によって生じた幻想を除去することにある。金魚よ安らかに眠れ。」これを聞いた娘たちは、驚いて家の中に逃げて行ってしまいました。最近ではもう、娘たちはすっかりおびえてしまい、夫には近寄ろうとしません。私は夫がどうなろうともう構わないのですが、多感な年頃の娘達が不憫でなりません。そのために、夫を、以前の普通の夫に戻したいのですが、どうしたらいいのかわかりません。そのことを私が夫に言っても、「そうさ僕達は誰とも友達になんかなれない。ドストエフスキーが言いだして僕が固めた理論だ。」とかなんとか、訳のわからないことを言い出す始末です。本当に私は困り果ててしまいました。一体どうしたら良いのでしょうか。

悩める1セント 


→この手紙をうけとって読んだあとおれは、最初に、局の近くにある川にかかっている橋まで、缶ビールを片手にでかけた。街はすっかり暗くなっていた。もう夕食の時間だった。橋のうえからは、たくさんの家の灯りがみえる。その灯りのどれかひとつが、彼女の家の灯りなのかもしれない。そう考えると、自然にわらいがこみあげてきた。わらうのなんてほんとうに久しぶりだった。おれのうえには空いっぱいにお星さま。おれは缶ビールをひとくちだけくちにふくんで、それからお星さまに感謝した。お星さま、今日も平和な1日をありがとうって。

→さあ、ここで、番組を聴いてくれているみんなに重大発表がある。いいかい、一度しかいわないからよく聞いてくれ。



   僕は・君たちが・好きだ。



→ご静聴ありがとう。

→じゃあ曲にいこう。ラッシュで、「The Spirit Of Radio」。This is the spirit of radio.

[03,11,1999]