とり  黄色いリボン

 カノジョはいるのときかれて、そんなのいるわけがないとこたえると、じゃあ紹介してあげると太田さんはいいだした。よけいなお世話だった。おれは彼女なんていらなかった。紹介してもらうものでもないとおもってた。そういう種類の男女の関係のありかたを毛嫌いさえしていた。けれどそんなことはくちにはしなかった。顔にもださなかった。それどころか、うれしくってしかたないというふうな笑顔をつくった。ぜひたのむとこたえた。太田さんが紹介してくれる女の子と性交をしたかったからだ。彼女はいらなかったけど、性交をさせてくれる女の子はほしかった。おれは、いろんな女の子と性交したかった。できるなら、まいにちちがう女の子と性交したかった。そういう日々を夜中にふとんのなかで想像した。きょうはこのまちの女の子で、あしたはとなりまちの女の子で、あさってはさらにそのとなりまちの女の子で、とかんがえた。まるで夢のようだ。興奮してきて、しまいにはパンツいっちょうで街のなかをかけずりまわりたい気ぶんになった。二十歳のころだ。そのためには、なるたけたくさんの女の子としりあいになる必要があった。どんなチャンスものがさないように、いつも油断なくみがまえてる必要があった。嘘をつかなければならないこともあったし、むりに笑顔をつくらなければならないこともあった。なんでそうまでして多くの女の子と性交したかったのかというと、勃起をしたからだ。そのころおれはじぶんでもあきれるくらいねんがらねんじゅう勃起した。関係のあるところではもちろん、関係のないところでも勃起をした。たとえばおれは青山学院大学の入学試験の日、英語の試験をうけてるさいちゅうに勃起をした。労働と余暇にかんする長文をよんでるときだった。どうしてそんなときにまで勃起をするのか、おれにはわからなかった。それは、おれのアタマでは制御できないことだった。勃起すると、射精したいとおもった。女の子の性器に射精したいとねがった。ねんがらねんじゅう勃起したので、ねんがらねんじゅう女の子の性器に射精したいとねがってた。おれのつくり笑顔をみて太田さんは、くりたくんはどういうタイプの女の子がこのみなの、とたずねてきた。どういうタイプもこういうタイプもなかった。ひとまずだれでもよかった。性交をするのにこのみをいったりするのは、それは贅沢というものだとおもってた。おれは謙虚なにんげんだった。もちろんできるならきれいな女の子がよかったけど、水牛みたいなのでもまあいいやとおもった。やせてるのもふとってるのもよかった。行儀がいいのも態度がわるいのも、しっかりしたのも情緒不安定なのもよかった。おおむねすべての女の子に興味があった。そういうわけでともだちはおれを、じんるい愛の男とよんだ。だれとでも性交する男という意味だ。けれどそういうのも太田さんをがっかりさせそうなので、それでおれはこんな女の子がいいなというのをそのばでおもいついたままに話した。
・髪をみじかめにきれいにきりそろえて、
・ブラウスに黄色いリボンのネクタイをしめて、
・であうなりおれの手をひいて、
・どこかふたりだけの場所にいき、
・話もなにもせずにさっさと脱衣しておれに性交させてくれ、
・行為がすんだらしばらく呼吸をととのえ、
・ととのったらたたんでおいた衣類をてきばきときこみ、
・黄色いネクタイをまたきゅっと蝶むすびにして、
・床に手をついて「おつかれさまでした」とかなんとかひとことだけ挨拶をして、
・それからくるりとせなかをみせてどこかへ消えていき、
・そうして、二度とふたたびおれのまえにあらわれることがない。
そういう女の子が理想だと太田さんにうちあけた。太田さんは、くちにした牛乳がくさってたときのような顔をした。そういうのってあんまりふつうじゃないよ、といった。太田さんは、ふつうじゃないのをいやがるひとだった。だけどじっさいは、太田さんのほうがふつうじゃなかったとおれはおもう。太田さんはおおきな息をひとつした。気をとりなおすためみたいだった。ふとんが上下して、女の子のにおいがすこしした。おれたちは全裸のまま、ひとつのふとんに同衾してた。その状況で太田さんはその話をはじめたのだ。太田さんほどではなかったが、おれの髪もながかった。そのおれの髪を太田さんはゆびさきでもてあそびながら、あたしのともだちに、きれいな子がいるのよ、くりたくんもきっと気にいるとおもうけど、といった。女の子がともだちの女の子を紹介するときのいつものでだしだった。太田さんがどういうつもりでそんなことをいいだしたのかさっぱりわからなかった。太田さんが紹介してくれるという女の子にも興味があった。けれどもそんなことよりなによりおれはいまここにいる太田さんの、女の子のにおいにまた欲情してしまい、太田さんのやわらかいおなかに手をのばした。

§2

 街ですれちがう女の子たちは、ラジオからながれてくる曲みたいだとおもう。ラジオからつぎつぎとながれてくるしらない曲は、なんだってあんなに素敵にきこえるんだろう。ところが、それで気にいってレコードできいてみると、なにかがちがってる。おなじ曲なのに、ちがう曲にきこえる。ラジオからきこえたときにあったはずのきらめきがすっかりうしなわれてる。それまで空をとんでた鳥が、かごにいれられてしまったみたいに。それでおれはがっかりして、またラジオのスイッチをいれる。太田さんもそうだった。太田さんにはじめてあったとき、すてきな女の子だとおれはおもった。このまま男の子にしたら女の子にもてるだろうなとおもった。太田さんはそういう顔のつくりをしてた。太田さんはともだちのガールフレンドだった。四年制大学の三年生だった。冬だった。地下壕みたいな喫茶店でおれはコーヒーをのんでた。ケルト民謡のような旋律のピアノ音楽がかすかにながれてた。おなじ旋律をくりかえしてた。おわりがないみたいだった。その音楽はなにもきこえないときよりもしずかにかんじられた。コーヒーのにおいがみちあふれてた。空調の設定は適切だった。平和だった。いつのまにかねむってた。だれかに起こされた。めをあけた。ともだちと、そのとなりにこがらな女の子がいた。紹介された。それが太田さんだった。太田さんはそのときも髪をのばしてた。そのときも特徴のない格好をしてた。ジーパンにトレーナーにダウンジャケットという姿だった。太田さんは、はじめまして、と礼儀ただしくおじぎをした。ピアノ音楽はまだつづいてた。太田さんはそれににてた。ひかえめだった。ともだちとおれが話すのをじょうずにきいていた。もとめられると、ことばかずはすくなく的確なコメントをした。ともだちがトイレにたったときに電話番号をたずねると、太田さんはストローのふくろにこまかい字で番号をかいておれにくれた。それはほんとうに太田さんの家につながる番号だった。その翌日におなじ喫茶店でまちあわせた。コーヒーをのんだ。それから映画館にいってサイコ2をみた。ふたりでおれのアパートにいった。スティーリーダンのカセットテープをかけ、服をぬぎ、性交をし、また服をきると太田さんのことはどうでもよくなった。女の子たちはまるで、ラジオからながれてくる曲みたいだった。太田さんを駅の改札までおくると、もう太田さんには連絡をしなかった。おもいだしさえしなかった。太田さんがおれに連絡をくれることもなかった。太田さんは、さそわれるままにおれと喫茶店へいき、映画をながめ、性交をしただけだ。おれたちはそれでおわりだった。それでもいくどか顔はあわせた。おれと性交をするまえも、おれと性交をしたあとも、太田さんはともだちのガールフレンドだった。太田さんとあうときはかならずともだちがいた。ともだちのまえで太田さんはいつも、はじめてあったときとおなじ礼儀ただしい挨拶をした。太田さんはおれにたいして、なれなれしさも、ぎこちなさも、なんのそぶりもなかった。ほんとうにかしこい女は、ぜったいにばれない嘘のつける女だ。太田さんは正真正銘、クールにみえた。おれは不思議な気ぶんになった。太田さんにはなにもかもみとおされてる気がした。最初から最後まで、おれとはじめてあったときからやがておれが太田さんに興味をうしなうところまで、みんなあらかじめわかってたみたいにみえた。なんで太田さんはおれにやらせてくれたんだろう?  なんでそのあとのおれの態度をとがめないんだろう?  太田さんは不思議だった。太田さんはいつもあたりさわりのない格好をしてた。そういう女の子は街じゅうにいて、うしろ姿だけだと区別がつかない。そういう格好だった。太田さんにとって、たぶんそれは、理由のあることだった。太田さんはふつうじゃない女の子だった。太田さんはそのことがじぶんでもわかってた。太田さんはそのことを隠すために、あたりさわりのない格好をして、あたりさわりのない大学のあたりさわりのない学部にも入学して、あたりさわりのない学生生活をすごしてたのだ。枯葉のなかでくらすむしが、枯葉みたいな羽根をもってるみたいに、太田さんにとっては、格好も、大学も、彼女をほかの女の子から区別させないための保護色だったのだ。もちろん太田さんがそんなふうにおれに説明してくれたわけじゃない。太田さんはただ、目立つのがすきじゃないの、といっただけだ。でも、おれはそうおもう。太田さんは、人並みはずれて頭のいい女の子だった。それが太田さんのふつうじゃないところだ。それからしばらくして太田さんとおれはおたがいの性器がすりきれるほどなんども性交をすることになるのだが、性交をおえてふとんのなかで話をするうちに、おれはそのことに気がついた。太田さんがそれを隠そうとしてることにも気がついた。なんでなのかはわからなかった。それからもうひとつ、そんなに頭がいいくせに、気もちを他人に表明するのがおそろしくへたなことにも気がついた。やがて太田さんはともだちのガールフレンドではなくなった。ともだちといっしょにいるところをみかけることもなくなった。それで太田さんはおれのまえからいなくなるはずだった。けれど太田さんは消えなかった。五月の連休がおわってしばらくした季節におれのアパートへ太田さんがたずねてきた。部屋にあげて話をした。夜になって、おれたちは性交をした。その直後に太田さんは、おれに女の子を紹介してくれる話をしはじめた。太田さんはなにをしにきたのだろう? おれに性交をさせてくれるためにきたのか? おれにべつな女の子を紹介してくれるためにきたのか?  それとも、なにかべつな目的があったのか?  おれにはわからなかった。太田さんはかわった女の子だった。彼女の神秘的な頭のなかがどうなっているのか、いったいなにをかんがえてるのか、その切れ端でさえおれにわかったためしは一度もない。

§3

 1983年だった。春と夏のあいだだった。まひると夕方のあいだだった。おれはヘッドホンをつけてめをとじていた。ブラックサバスの「戦争のブタ」をきいていた。それにあわせておおごえで唄っていた。いい気もちでいるところを、突然だれかの手でヘッドホンをひきはがされた。おれは床にすわりこんでいた。くちをあけてみあげると、太田さんと、はじめてみる女の子がたっていた。太田さんは指先でヘッドホンをつまんでいた。そこからしゃりしゃりとハイハットの音がもれていた。こんなおおきな音できいて、よく耳がわるくならないね? と太田さんはいった。もうわるくなってる。だからおおきな音できく。するとますますわるくなる、とおれはいった。あたままでわるくならないように気をつけてね、と太田さんはいった。もうわるくなってる。だからおおきな音できく。するとますますわるくなる、とおれはいった。太田さんはおれを無視してしゃがみこみ、アンプに手をのばしてボリュームをしぼった。太田さんは機嫌がわるそうだった。スカートから機嫌のわるそうなひざがみえていた。それがきれいにならんでるのをおれはながめた。太田さんのひざをみるのはそれがはじめてだった。そもそも太田さんがスカートをはいているところをみるのなんて、それがはじめてだった。いつまでもこんな音楽をきいてちゃだめじゃない、と太田さんはおれをみすえていった。おれはくちをすぼめた。ヘンな声をだしてヘンな唄を唄ってるから、ピンポンをならしても、ドアをノックしても、ぜんぜん気がつきやしない。かってにあがりこんできちゃったけど、まずかった? つよい調子で太田さんはいった。太田さんの機嫌のわるさは本格的のようにみえた。スカート姿の太田さんをみるのもはじめてなら、機嫌のわるい太田さんをみるのもはじめてだった。まずくなんかないよ、きてくれてどうもありがとう、とおれはおだやかにいった。太田さんをみた。それから、太田さんのうしろにたっている女の子をみた。めがあった。ともだちをつれてきたのよ。なんとかさん、と太田さんはいった。それでその女の子をまっすぐにみた。会釈をかわした。なんとかさんのめはかがやいていた。おれに興味しんしんなのだ、とおれはおもった。だがおれはなんとかさんのことはどうでもよかった。太田さんに興味しんしんになっていたからだ。太田さんが髪を切ったことに気がついたからだ。太田さんの髪はみじかくそろえられていた。それから太田さんは紺のブレザーにブラウスで、黄色いリボンのネクタイを締めていた。太田さんのやっていることは支離滅裂だ、とおれはおもった。けれどもそのときおれははじめて、太田さんがいとしくなった。この黄色いリボンがそのあとにきた夏、おれのすべての精液を太田さんにそそぎこむことになったきっかけだった。

[18,04,2001]