とり  A DAY IN THE LIFE.

 もうずいぶんまえの話になるんだけど、レストランの駐車場で所定の位置にクルマをおさめようと四苦八苦していると、むこうから、女の子が運転するクルマがきた。おれのクルマは彼女の進路をかんぜんにふさぐかっこうになっている。しかも、経験的にいって、おれのクルマはまだとうぶん彼女のゆくてをさえぎるだろうとおもわれる。おれは女の子に手をあわせ「ごめん、ちょっとまってて。」とアタマをさげた。それから、たどたどしくハンドルをこねくった。おれのクルマの初心者マークに気がついたのだとおもう。女の子は両手を前方にさしだして、てのひらを下にむけてパタパタとおれをあおぎ、それからぎゅっとにぎりこぶしをつくっておれにみせた。そしてにっこりほほえんだ。いったいこの女の子は、なにがいいたいんだ? おれはすこしとまどったが、すぐに「おちついて、がんばって。」とつたえようとしているのだとおもいあたった。おれは感激した。なんてこころのやさしい女の子だろう。感激のあまりおれは、めんどうくさい駐車なんてほっぽりだして彼女にかけより、結婚をもうしこもうとおもった。しかしこんなことでいちいち結婚をもうしこんでいたらおれは年間三百人くらいの女の子にプロポーズをしなくちゃならなくなるので、なくなくそれはあきらめて、おとなしくハンドル操作に専念した。無事にクルマをおさめおえたおれのまえを彼女は手をふりながらとおりすぎる。どうもありがとう、とおれも彼女に手をふって、そうして彼女の運転するクルマは、川をおよぐ魚みたいに、街のどこかへきえた。平和な夏の午後の話。

[11,10,1999]